小さな秘密(吸血鬼シリーズ2)

「この部屋のことは、ふたりだけの秘密だよ」

「わかった」

 小さなランガとそう約束を交わした。

 俗世に戻ったときには、この部屋で愛之介と過ごした時間の記憶をランガは持たないのだから約束するまでもない。むしろ秘密にして誰にもこの部屋のことがバレないよう意識し用心深くなっているのは、愛之介のほうだった。父王にはもちろんのこと、従僕にも悟られることがあってはならない。

 そうやって愛之介はランガと密会を重ねていった。その日も——

「ランガくんは何歳になったのかな?」

 子供は少し首を傾げながら「えっと」と指を折り、四本の指を立ててパッと愛之介の目の前に突きつけてくる。

「四歳になったんだね」

 ランガはうんうんと首を縦に振った。

 入口も出口もない子供部屋。窓の外は景色はもちろん偽物だ。気分で日によって天候も変更したりする。今日は晴れ。青空に白い雲が浮かぶ、のどかなパノラマが見渡せた。

 ここは半仮想空間にある子供部屋。ランガが眠っているときだけ、ここに呼び出すことが可能なのだ。

 この子を見つけ、すでに一年ほどが経過していた。たまにこうして呼び出しては、子供の心身の成長を確認し見守る。人間の子供の成長は早い。背はどんどん伸び、この前できなかったことが、できるようになっていて、知っている言葉の数も増えていった。

 この部屋にはランガが退屈しないように、さまざまなものが用意されている。ランガの好きなソフトドリンクやスナックやお菓子。他には、ぬいぐるみや木でできた汽車などのおもちゃや積み木。そしてクレヨンや画用紙などのお絵描き道具。

 ランガはここで気ままに遊んだ。一緒に遊ぼうとばかり愛之介におもちゃを押し付けてきたり、何か描いてとクレヨンを渡してくることもある。

 積み木が転がった、倒れた、などのたわいのないことでキャッキャと笑っている。

 幼児の甲高い声は苦手な愛之介だったが、この子は見ていて飽きない。むしろ癒されていると感じていた。

 ペット? いや、愛玩幼児……といったところか。

 落ち着きなく遊んだり、食べたり、おしゃべりをしていたランガが「よいしょ」と愛之介の膝の上に乗ってきた。

 それはそろそろこの部屋から帰るのだという合図。

 それから、小さな手で愛之介の両頬を挟んだ。

「ねえ、チクッてして」

 にっこりと笑う。無邪気なおねだりだ。

「ふふふ……悪い子だ」

 頭を撫でながら言えば、ランガは目を大きく見開き愛之介をじっと見つめて「ぼく……悪い子なの?」とぽつり。

 その不安げな表情に少々慌てて「嘘だよ! ランガくんはとてもいい子だ」と前言撤回すれば、嬉しそうに「愛抱夢、大好き!」と首に腕を回し抱きついてきた。

 この幼さで、すでにこの子は吸血されることの快感を覚えてしまっている。

 人間——特に親の視点からすれば悪い子だ。しかし吸血鬼である愛之介にとってこれほどいい子はいないだろう。

 悪い子。いい子。愛しい子。

「大好き」といつも言ってくれる。「父さんと母さんの次に」という余計な一言に苦笑してしまうが、いつか一番にしてくれると信じている。

 ランガの華奢な首に牙を当てた。

 今はまだ君が必要とする両親の元へ帰りなさい。次に会ったとき、君はもっと多くの言葉を覚えたくさんのことができるようになっているに違いない。

 ランガの成長見ていることが楽しかった。やがて可憐な美少年へ、さらに逞しくも美しい青年へと変貌を遂げるのだろう。その変化を見届けることができるとは、なんと幸運なことか。その不思議な巡り合わせに感謝しよう。

 愛之介はランガをベッドに横たえた。

「また会おう、ランガくん」