雨が降る夜、一本の傘をふたりでシェアして人気のない道を歩く。

 それにしても、いくら暗くて誰もいないとはいえ、こんなふうに肩を抱かれ歩いているところを目撃されれば、あらぬ疑いをかけられる——って疑いではなく事実ではあるのだが、あまり大っぴらにするような関係ではないはずだ。特に愛抱夢の立場を考えれば。

 そのくらいのこと、いくら鈍いランガでも理解している。

 ふたりの関係をオープンにするのは、時間がかかることは納得済みだった。社会的な目——世間体より愛抱夢の家庭というか一族の問題だと、その理由を彼は説明してくれている。とにかく色々面倒くさい家柄らしい。

 ランガも何度か訪問したことはあるのだが、立派な邸宅で何人もの使用人が忙しく働いていた。さすがのランガでも少々緊張したことを覚えている。

 愛抱夢は、すまなさそうにしているけど、人には色々な事情があるのだから気にしなくていいのにと思う。

 少し体を離した方がいいだろうと、体勢を変えようとしたら、肩を掴んでいる愛抱夢の指に力が入り、グイッ強く引き寄せられた。

「ほら、もっとくっつかないと濡れてしまうよ」

 逆効果だった。

 そもそも濡れたって困るような服ではないのだから、そんなに身を寄せ合う必要もない。濡れても汚れても構わないんだ……と思いつつ、それでも諦め愛抱夢から体を離すこともせず望まれるまま、ふたり体をくっつけあって歩いていた。

 スニーカーは、もうぐっしょり濡れ、中まで入り込んだ雨水が歩くたびに、タポタポと水音を鳴らした。

「ねえ、もうビショビショだし、気にしなくていいよ。俺を傘に入れたら愛抱夢が濡れちゃうよ」

 折りたたみ傘は少し小さめだ。傘の外へと若干はみ出ているのだろう愛抱夢の肩は、街灯に照らされ、うっすら濡れているように見えた。

 ランガの顔を見て愛抱夢は楽しげに笑った。

「せっかくの相合傘だ。濡れるなんて気にしなくていい」

 聞いたことのない言葉だ。

「〈あいあいがさ〉って何?」

「ふたりで一本の傘をシェアすること」

「ん? それがどうして、せっかくの——になるの?」

「日本では相合傘のふたりを特別ロマンチックな関係とみなしたりするんだ」

「へえ。日本ではそうなんだ。一本の傘をふたりでシェアしている人を見ても、なんか特別な関係とか思わないよ。濡れたくないんだな、くらい」

「日本では違うんだ。日本語で〈相合傘)という言葉は、それだけでロマンス的な意味になるんだよ。小学生くらいにもなると、男の子と女の子がひとつの傘をシェアしていれば冷やかされる」

「愛抱夢は子供のころ冷やかされた?」

「まさか。実は羨ましくてね」

「は? 何が」

「相合傘の子たちって、皆に冷やかされているくせに、なぜか得意顔でね。くだらないと無関心を装っていたけど、本当は一度やってみたかった」

「そうだったんだ……」

「僕は今、夢が叶って猛烈に嬉しい」

 歌うように語る愛抱夢を、ランガは思わず凝視した。

 何を言っているんだ、この人は——と内心で呆れつつも「よ、よかったね」と返した。

「あと五分も歩けば忠が車で迎えに来ている駐車場に辿り着く。そこまで相合傘を堪能しよう!」

 立ち止まり向かい合った愛抱夢は、道路側からふたりを隠すように傘を傾ける。当然雨からふたりを守ることはできず、髪にパタパタと雨粒が当たった。

 街灯の光を反射させ落ちてくる無数の水滴が、キラキラと虹色に煌めきながら愛抱夢の髪を濡らしている。

 ランガはその風情にしばし見惚れていた。

 綺麗だなと思う。ただの雨なのに。髪が濡れているだけなのに。

 愛抱夢はランガの頬を撫でながら顔を近づけてきた。雨のせいで彼の指先は冷たく、ランガは温めるように自分の指を重ねた。

「これから車で君を家まで送っていくことも、このまま君を攫って別荘に連れて行くこともできるけど……ランガくんは、どうして欲しい?」

 ランガは微笑み、愛抱夢の唇に自分の唇を重ねた。

 そう……キスがその答え。