似顔絵

 暦は個性的な感性の持ち主で、こだわりが強い。気に入ったデザインが売っていないからと、色違いで何枚かオリジナルの絵柄をフーディとかにプリントしているくらいだ。

 ファッションに疎いランガは、暦はすごいな、とひたすら感心するばかりだった。

 暦のこだわりは、デッキ裏面のデザインにもおよぶ。ランガのために製作してくれたデッキデザインは、カナダ雪山のイメージだと言った。最初のラフ案では、かっこいいオオカミのイラストが描かれていて嬉しかった。それが、出来上がったデッキには、何かよくわからないゆるキャラが描かれていた。

 困惑して「何そのキャラ」と訊けば「イエティ」と返ってくる。「ほら、カナダの雪山といえばイエティだろ」と。

 いや、そもそもカナダにいるのはビッグフットでイエティはヒマラヤだったはず。さらに白いイエティってディズニーとかドラクエで、ヒマラヤでの目撃情報だと全身黒い毛だとチェリーは教えてくれたし、何か色々間違っているというか勘違いしている。

 それでもボードに描かれた暦オリジナルゆるキャライエティに、今ではランガもすっかり愛着を感じている。

 そんな暦はたまに色々な人の似顔絵を描いたりする。学校の先生やクラスメイトの顔の特徴を面白おかしくデフォルメして落書きしては、皆を笑わせていた。

 そんなある日、暦は似顔絵で描きやすい顔と描きにくい顔があって、ランガは後者だと言った。

「おまえの顔は似顔絵にしにくいんだよな……」

 特に描いて欲しいというわけではなかったけど、一応質問してみた。

「どうして?」

「だってさぁ、俺の描く似顔絵って特徴をちょっと誇張したりして面白おかしくするやつだからさ。例えばその人の個性——口が大きめだったりエラが張っていたりとかを大袈裟に描いてみたりするんだ。おまえは、その、今ひとつそういったデフォルメできそうな特徴がないというか……あ、別に貶しているわけじゃないぞ」

「わかってる」

 とりあえず個性がないとか印象が薄いってことなんだろう。

 そういえば自分が他人からどう見られるかなんて興味もないし考えたこともなかった。


 たまには明るい時間帯に人通りの多い街中でデートしようという話でまとまった。

 そこで気になるのが人の目だ。

 ラフなファッションにしてサングラスやメガネをかければ、政治家神道愛之介だと気づかれないだろうと愛抱夢本人は主張する。確かに普段のスーツ姿とは、イメージがかけ離れている。

 一方ランガは——

「俺って目立たないから、大丈夫だよ。あまり印象に残らないらしいし」

「ん?」と愛抱夢は顔をあげランガの顔をまじまじと見た。

「ランガくんが、目立たないって。どうしてそう思ったのかい」

「暦が……」と言いかけ、一瞬だけ躊躇した。

 何気ない雑談であっても、暦の名前が出ると愛抱夢の表情が曇るような気がしていた。気づいてから、何となく暦の名前は出しづらくなっていた。でも、大好きな親友のことを話題にできないのは寂しい。ならば愛抱夢に慣れてもらうしかないと考え直したのは最近のこと。

「赤毛くんが?」

「うん、暦って絵がうまくて似顔絵とか描くんだけど——」

 そこで先日のやりとりを説明した。

「なるほど。君の似顔絵が描きにくいというのは、おそらく顔立ちが整い過ぎているという一点だと思うよ。カラーでの似顔絵なら髪や瞳の色で個性を出せるだろうけど、赤毛くんは鉛筆描きとかでノートに落書きするような似顔絵なんだろう」

「うん」

「それならわかるよ。だから君は、目立たないとか人目を引かないって意味じゃないから、油断しないようにね。ランガくんは本当に自分に向けられる眼差しに無頓着だから心配だよ」

 そこでなぜ心配と言い出すのかわからない。

「そうかなぁ。それなら愛抱夢も似顔絵が描きづらいって言われたりする?」

 愛抱夢の顔立ちが。世間での基準で整っているらしいことに気がついたのは付き合い始めてかなり時間が経ってからだ。

「僕は職業柄、似顔絵を描かれることは多いんだけど、まあ眉とかヘアスタイルとかね。少し誇張してそれっぽくしている感じかな」

「そうなんだ」と言ってみたものの、よくわからない。

「で、話戻すけどね。君は目立つ。人目をひく。それはよく認識しておいて。髪を染めてとかウィッグをかぶってまで言わないけど、一応サングラスくらいかけようか。沖縄は日差しが強いから君のような瞳の色が薄い子はサングラスと日除けの帽子くらいあった方がいい」

「それなら一応家にあるよ」

「上出来だ。さあそれなら予定を立てよう。せっかくできた時間だ。無駄にはしたくないからね」

 ランガは笑顔で頷いた。