Deja vu―既視感―

「前にも、ここで一緒にお茶を飲んだこと、あったよね?」と不思議そうな顔をして年下の恋人は訊いてきた。そんなことが、ここ最近増えてきたような気がする。いつもそれは、どうってことのないふたりで過ごす日常の何気ないシーンで起こっていた。

 言われた愛之介も、確かに自分もそんな気がすると思いつつ「このカフェにふたりで来るのは、はじめてだよ。でも、そういったことって誰にとっても珍しいことではないんだ。脳科学的にも証明されている〈déjà vu〉……いわゆる既視感と言われているね」とらしくもなく理屈で返していた。

 その夜のデートでも——

 街を見下ろせる高台の公園からふたり並んで夜景を眺めていた。相変わらずの沖縄らしく湿度は高く蒸し暑かったが、風がほんのり涼しい。

 人がほとんどいないことをいいことにランガの肩をそっと抱き寄せた。

「ねえ。前にもふたりでここ来たんじゃない? 一緒に夜景見たよ」

 ランガの言葉に、愛之介は怪訝な表情で少し考え込んだ。

「ん? そんなはずはないよ。ここは今日はじめてだからね。似たところも……夜の公園で夜景を眺めるなんてこともはじめてだよ。他の友達とかと一緒に来たんじゃない?」

 言えば、ランガは首を横に振った。

「でも前にも同じようなことがあった気がする。この場所、この風、雲がかかり星がぜんぜん見えない夜空。それと——今、俺の肩を掴む愛抱夢の指の感じ。前にも——うん。ぜんぶ俺、知っているように感じるんだ」

 ランガが顔を上げ真剣な眼差しを愛之介に向けたその瞬間、それは訪れた。

 そう〈déjà vu〉というやつだ。

 薄闇の中で青を失くし、それでも微かな夜光を集め煌めく瞳。

 ああ、そうだったね。

 ランガはこんなふうに自分を見つめ、自分も見つめ返した。ふたりの間を微風が通り抜けていき、この肌を掠める感触も覚えがある。

 それから、ここでキスをしようとする——でも、そのとき雨が当たった。

 そんな記憶がつかみどころなく、ふわりと蘇った。

 まさかね——と思いつつ愛之介は指を伸ばしランガの頬を撫でる。

 そしてキスをしようと考えた、まさにそのとき、ランガは上空を仰ぎ「雨……」と呟いた。つられて愛之介も夜空を見上げれば、額や頬にぽつりぽつりとと水滴が落ちてきた。

 分厚い雲に覆われた空から、次から次へと水滴が降ってくる。雨だ。

「無粋な雨だなぁ。君にキスをしようと思っていたのに。仕方ない。車に戻ろうか」

 言えばランガはクスリと笑い「うん、わかった」と愛之介の唇に自分の唇を軽く触れさせ、いたずらっぽく笑った。

 ああ、そうだった。これも知っている——と、ランガの手を握る。

 ふたりは手を繋ぎ駐車場まで走り出した。


 何気ない日常の中で時折、同じ瞬間を何度も繰り返していたように感じ、あるはずのない記憶をふたりで共有する。きっとそれは不思議なことではないのだろう。お互いに向けあう愛が、過去から現在、やがて未来へと循環し繋がっているのならば。

 そう考えることにした。

 これからも、こういった〈déjà vu〉は、ちょくちょくあるに違いない。

 もちろんそれは気味悪いことでも、まして怖れるようなことではないことを愛之介は理解していた。

 ふたりの愛は時間や空間を超え、永遠に続いていくんだなって、そんなふうに考えれば幸せな気分になる。それはふたりの日常により豊かな彩りを添えてくれるだろう。

 手を引き走りながら、ランガをチラリと見れば、ランガも愛之介を見て微笑んだ。

「僕たちはいつの時代どころか、どの世界線にいたとしても必ず出会い、愛し合う運命なんだよ」

 そう小さな声で言えば「え? 聞こえなかった。何?」とランガは訊いてくる。

 愛之介は楽しそうに笑いながら「後でね。とても些細なことだよ」とだけ答えた。