ムーンストーン(吸血鬼シリーズ15)

 一週間ほど屋敷を留守にしていた愛抱夢が帰ってきたのは、ちょうど月の明るい夜だった。

「ただいま」

「お帰りなさい」

「いい子にしていたかな。僕がいなくて寂しかったかい?」

「毎晩、夢の中で会ってくれていたから大丈夫だった。でも、俺も愛抱夢といっしょに行きたかったな。えっと……どこだったっけ?」

「スリランカだよ。それと説明しただろう。あいにく僕が所有している鉱区ではなかったということもあって、少なからず厄介な案件だったんだ。案の定、連中に嗅ぎつかれていたよ」

 連中というのは過激派の吸血鬼ハンターのことだ。彼らは、吸血鬼の血が混ざるものは、たとえ人に害をなさない個体であったとしても、一匹残らず始末すべき、と強硬な姿勢だという。一方、穏健派のハンターは人に害をなす可能性がない吸血鬼ならば、そのまま放置しておこうと考えている。そういったハンターとはむしろ良好な関係だと愛抱夢は教えてくれた。

「大丈夫だった? 危険な目に遭わなかった?」

「問題はなかったさ。すべてはじめから予想できていたことだったしね。連中をからかう程度の余裕はあったよ」

 愛抱夢はウインクをして見せた。

「商談は?」

「実に順調だったよ。品質の良いものを仕入れることができた——はい、お土産」

 反射的に差し出した手のひらにぽんと小さなジッパーつきポリ袋が置かれた。ランガは顔を上げた。

「これ、宝石?」

「ブルームーンストーンだ。この大きさでここまで透明度が高いものは希少だ。ロイヤルブルームーンストーンと言っていいだろうね。ほら、袋から出して、よく見てごらん。ちょうど満月だ。テラスに出て月明かりの中で見てみるといい」

 言われてテラスに出た。袋のジッパーを開き石を取り出し、月の光に照らされるムーンストーンをしばし眺める。

 柔らかい月の光を集め、くっきりと幻想的な青白い光が浮かんでいる。手のひらを傾け見る角度を変えてみれば、変化する光が神秘的だ。

 ダイヤモンドやサファイヤやルビーなどのキラキラと光を強く反射させて輝く華やかな宝石類と違って、光が宝石内に封じ込められている、そんな静かな輝きは、とても——

「きれい……」

「そうだろう。ブルームーンストーンは最近採掘されなくなってきていてね。ブルームーンストーンとして売られているものの多くは、ペリステライトという違う石だったりするんだよ。しかも宝飾店の人たちにも見分けがついていない人が多い。それね……今回買いつけた石の中で一番美しかったんだ。色味といいシラーといい、素晴らしいのひと言だ」

 これも愛抱夢のビジネスのひとつだ。彼は宝石の仕入れにちょくちょく海外へと出かけていく。彼自身が所有している鉱区なら別だが、宝石が採掘できる地域は治安が良くなかったりするし、行ってもあまり楽しいところではないからとランガを留守番させることがほとんどだった。

 その仕入れてきた宝石をどこへ売り捌いているのか、ランガはあまり詳しいことを聞いていない。質問すれば普通に教えてくれるだろうけど。ただ一般の宝飾関係ではないことは確かなようで、宝石の選定基準はなるべく多くの魔力を保持してくれるかどうかかであることから、自分たち吸血鬼と同類の存在、もしくは魔術の世界で生きているような特殊な人間が得意先なんだろう。もっとも魔力と相性の良い宝石類は宝飾品としても最高級の品質になるのだと愛抱夢は言った。

「でもさ、これ売りものだよね。俺がもらっていいの?」

 愛抱夢は、ランガの手に乗る青い石にそっと指で触れた。

「ここまで高品質のブルームーンストーンなんて滅多にお目にかかれないんだよ。君の白い肌の上でこそ映えるだろうと想像したら、もう他人になんて渡したくはなくなってね」

「じゃあ、もらっておくね。ありがとう」

「僕がこの石に魔力を込めておこう。お守りがわりにいつも身につけていてほ

しい。このサイズなら……ペンダントか、ブレスレットに加工することを僕はおすすめする。何に加工したいか考えておいて」

「わかった」

「ムーンストーンは、どこの国でも月と関連づけられた言い伝えがある。月の光が封じ込められているとか、月の光が集まって石になったのだとか信じられていた」

「ふーん」

「それともうひとつ大切なことがある」

 愛抱夢はブルームーンストーンを指でつまみ月に向かって掲げた。

「今夜みたいに満月が高い夜、ムーンストーンを月光に透かして一緒に見たふたりは、情熱的な恋に落ちる——そんな言い伝えもあるんだよ」

「恋に落ちるって……今さら?」

 愛抱夢は目尻を下げる。

「今さらなんてことあるものか。僕たちは、いつだって何度でも繰り返し情熱的な恋をするんだ」

 肩を掴まれ、耳元に熱い吐息がかかる。ぞくりとした。

「……今夜は僕が望むまま存分に君を愛させて……」

「もちろん」

 ランガは抱きつき、愛抱夢の唇に自分の唇を押し付ける。そしてお互いに貪り合うようなキスを交わした。

 ——そうだ。ずっと渇いていた。飢えていた。だから、激しく愛して。深く愛して。俺も同じようにあなたを……<