未来への希望

 誰がなんと言おうとランガくんは我が生涯をかけての伴侶。自分の一生のパートナーだ。

 そんな彼は、ちょうど人生の岐路に立っているところだった。将来について真剣に考えなくてはいけない。つまり高校を卒業してからの進路をどうするかという悩ましい問題だ。

 今のランガの状況は、誰もが通るはずの道なのだ。

 いや……自分にはそんなことに悩む自由すら与えてもらえなかった。生まれながら自分の未来について自己決定権などなく、親や神道家が敷いたレールの上をただ走り続けるだけだった。少し彼がうらやましくも思う。

 一緒に楽しくスケートをしていたときは明るい笑顔を見せていた彼だが、進路の話題になると少し表情が曇る。

 シングルマザーである母親から大学への進学を奨められているらしい。しかし、ランガは主に学費などの金銭面で母親に負担をかけるのではないかと悩んでいると吐露してきた。「そのことで母さんに無理してほしくないんだ……」と彼は言う。

 なるべく早く働いて母親を楽にしてあげたいという気持ちがあるのだろう。でも大学へ行ったほうが長い目で見れば良いということは彼にもわかっている。本当にいい子だと思う。

 そこで、社会経験豊富で、大人で頼り甲斐がある——神道愛之介の出番となった。

 奨学金という安易な解決策をアドバイスするわけにはいかない。奨学金は利息もかかる借金でしかないのだから下手に借りると、就職しても延々と返済に苦労することになる。かといって給付型奨学金はハードルが高い。ランガもそのことを理解していた。

 しかし、それでもランガには他の若者には無い才能があるではないか——と大学生プロスケーターとなれば学費や生活費の足しにすることができる。そんな方法もあるとアドバイスをした。

 ランガほどの才能があれば、荒唐無稽な夢ではない。それと本人には理解不能なことだろうから、あえて口に出さなかったが、あの容姿ならば、たとえあそこまで凄まじい才能に恵まれていなかったとしても、それなりにスポンサーはつくだろう。本人は不本意だろうが。

 ランガの場合、普通の学生がやるようなバイトをするよりはプロになる方が現実的だ。というか、ランガがプロスケーター以外の一般的な仕事をすることが、どうもピンとこない。つまり働く彼の姿がまったくイメージできないのだ。もちろん彼がスケート以外は無能だ、などと主張したいわけではない。ないのだが……

 どのような道を選ぼうがランガを応援していること。そして、悩みがあればいつでも相談してほしいとだけ伝えた。自分ならば的確なアドバイスができるだろう。無駄に広げたありとあらゆるつてを有効利用するチャンスだ。

 愛之介自身が深く手を差し伸べ、進学の金銭面を含む援助をしてやりたいという強い気持ちはある。学費も生活費も全額出したって構わないとすら思っている。だが、その気持ちをグッと押し殺してきた。

 わかっているからだ。ランガがそれを良しとはしないってことぐらい。

 結婚もしていない相手にそれをやったら、ただの援交としか世間からは見られないだろう。どれほど純愛だと主張してみたところで、あまり良い印象は持たれない。ランガの将来にも良い影響を与えるとは考えられないのだ。

 でも、もし……もしもランガが今すぐにでも結婚を望んでいたとしたら? そんな言葉が彼の口から出たとしたら……自分はどう反応すればいいのか。

 嬉しさのあまり、ステップを踏み踊り出してしまうだろう。いや、だめだ。自分は多くの支持者たちからも清廉潔白と信じられている若手政治家だ。まだ若く、多くの可能性を秘めているだろう彼をそんなもので縛りつけていいものではないのだ。

 いや、待てよ。仮に彼が「愛抱夢と結婚するのもいいかもしれない」なんて恥じらいながら言い出したら? なんて思わず妄想してしまう。

 ラブリーな頬を染めたランガの顔が脳裏に浮かんだ。

 待て! いや、そんなバカな。しかし、万が一……そう言ってくれたのなら、節度ある大人として、どのような受け答えをすればいいのか。

 あり得ない話ではない。ランガは愛之介の想像を超える言動をしてくることが多々ある。ならば、ありとあらゆるアクシデントを想定し、前もって対策を立てておくことに越したことはないのだ。そうだ。心の準備くらい……

 目を伏せ、少し考え込んでいたランガが顔を上げる。微笑んだ彼の青い瞳は澄み切っていた。

「ありがとう、愛抱夢。そうだな。俺は……」

 ——愛抱夢と結婚するのも、いいかな……

 なんて声が聞こえたような気がした。

「ダメだ。ランガくん。君はまだ若い。あらゆる可能性を秘めた未来が待っているんだ。結婚なんて慌てなくてもいい。そんな。むろん僕は嬉しいけど……」

 思わず両手でランガの手を握り締め、顔を近づければ彼はただ目をぱちくりさせている。

 しまった……脳内で再生されたランガの言葉に対して、うっかり声に出して応えてしまった。

「あの……愛抱夢?」

「えっと……つまり、今は、まだ婚約ってことにしておこう——ね?」

「は、はい……」

 ランガは、不思議そうな顔をして、それでもゆっくりとうなずいた。