ティータイム

 まさにアンラッキーデイ。朝から壮絶についていない日だったと思う。

 まず双子の妹たちの同時ダイブの衝撃で唇を切るという、なかなか激烈な朝の目覚めから始まった。それから唇をさすりつつ部屋を出ようと足を踏み出したところ、昨晩出しっぱなしにしたままだったスケート雑誌に蹴つまずき、よろけて柱にひたいをぶつける。

 なんとか気を取り直して朝食……だったのだが、どうやらウインナーソーセージが妹たちの分で終わってしまい、暦の皿には卵を一つ多く乗せて辻褄を合わせてくれたということだった。でも、なんか今日の朝はソーセージ気分だったんだ! 食べられなかった悔しさで、無性にソーセージが食べたくなる。

 暦はブンブンと首を振った。頭を切り替えよう。スケートが終わったら皆でホットドッグでも食べにいけばいいんだ。

 本日の予定としては、ランガと実也とパークで滑るという平常運転の休日で、流石にもう大きな事件は起こらないだろう——起こらないはずと、自己暗示をかけながら玄関を出た直後にぽたっと頭の上に何かが落ちた。

 鳥の糞だった。

 仕方なくランガに少し遅れることを伝えざっとシャワーで頭を洗い、気を取り直して再度ボードを抱え外へ。

 待ち合わせ場所までの坂道を通行人にぶつからないよう慎重に滑っていくと、前方にふたりづれの女性が近づいてくるのが見えた。

 この辺ではあまり見かけないタイプだ。ナイチャー——内地からの観光客なのだろう。

 ロングヘアの子は、白いレースブラウスにパンツという清楚な印象の女の子だ。まさに自分好み。これはラッキー!

 彼女は暦にチラリと視線を送ると、優しく微笑みかけた——ような気がした。逆光で、しかも日焼けを嫌ってか、つば広の帽子で顔が影になっていたけど、多分、きっと微笑んでくれたに違いない。

 これは良いことの前触れだ。今までの不運がすべて打ち消される。そう思った刹那——

「おーっとっと!」

 バランスを崩してよろけてしまう。こんな、なんでもないコースでこけるなんて……おまえは何年スケートやってるんだ! と暦は自分自身に突っ込んだ。初心者じゃあるまいし。

 恥ずかしくて顔を上げられなかった。すれ違った彼女たちからクスッという笑い声が聞こえたような気がした。きっと空耳だろうけど。

 気を取り直しふたりが待つパークへとスケボーを滑らせていく。流石にもう何も起こらない。起こらないと信じたい。

 そうこうしているうちに、待ち合わせのスケートパークへ到着した。

「わりぃ! 遅れちまって」

「暦! 大丈夫だった? 頭の上に鳥の糞が落ちてきたって……」

「ああ、ひでー目にあったぜ」

「ランガから聞いたけど大変だったね」

「まあな……今日は色々と災難続きだったけど、流石にこれ以上何もないだろうから、滑ろうぜ」

「そうだね」

 若干ダウナー入っていた気分は滑っていくうちに盛り返し、嫌なことはあっという間に記憶の外へ。三人で思い切り滑って、思い切り笑った。

 やっぱスケートってサイコーに楽しい!

 不意にランガのスマホが鳴った。

「はい。えっと……あだむ?」

 愛抱夢? 今、確かに愛抱夢って言ったよな……もしかして、今日の不運はまだ終わっていないのか? 嫌な予感がした。

「うん、大丈夫。今、暦と実也と滑っていたところ……え? 知っていたの? すごいな愛抱夢は。わかった。え? もう? とりあえず聞いてみるから、ちょっと待っ……あ、切れちゃった……」

 何がすごいだよ。感心しているんじゃねーよ。もっと警戒しろよ。危機感持てよ。

「あいつ……愛抱夢からなのか?」

「うん。なんか急だけど久々に時間ができたから、少し一緒に滑ろうって言ってきた……」

「おまえ、行くのか?」

「せっかくの招待だし。暦と実也も一緒にって愛抱夢が言っていた」

「俺は行かない」

「僕も暦が行かないのなら行かないかな……」

「え……でも……わざわざ迎えにきてくれるって言っているし……それで、愛抱夢のもうひとつの家で滑ろうって。そこには、すごく深いプールがあって、このパークではできない練習ができるんだ」

 気乗りしなさそうだった実也が興味津々な様子で身を乗り出した。

「深いプールって、もしかしてバーチカルの練習もできるような?」

「そうだよ。三メートルくらいの深さがある。俺も練習させてもらっているんだ」

「そうか……」と一瞬だけ考え、実也は顔を上げた。

「なら、付き合ってやるのも悪くないかもね」

 実也まで乗り気なのか。冗談じゃない。

「ふたりが行くって言っても、俺はパスだからな」

「え? なんで? 暦もいてくれた方が楽しいし……お菓子や紅茶も用意してくれているってさ。愛抱夢が出してくれるケーキ、すごく美味しいよ。ふたりとも歓迎するって言っているんだ。だから行こうよ暦」

 ああ、こいつはすっかり餌付けされてやがる。

「あいつの家だろう? いやだ! どんな罠が仕掛けられているかわかったもんじゃない」

 ランガは「愛抱夢はそんなことしないよ」と不満げに口を尖らせた。

 そこへ実也の冷静なひと言が飛んでくる。

「あのさ、暦は罠が不安ならなんでSに参加しているんだよ。暦を陥れるだけの罠だったらもうとっくに、暦はこの世にいないんじゃない?」

「物騒なこと言うなよ。そんな大袈裟なこと考えてねーよ」

「ふーん。だとすると」

 暦の顔を覗き込んだ実也は「は、はーん」と生意気な笑みを浮かべた。

「な、なんだよ。実也」

「暦は怖いんだ」

「こ、怖くなんてないぞ。ちょっとばっか深いだけのプールだろう? 練習場所がなくてできなかったバーチカルだって挑戦してみたいなーとか思っていたくらいだし……」

「だったら行こうよ」とランガはガシッと暦の手を掴んだ。

 もちろん、怖くなんてない。バーチカルの練習ができるパークなんてなかったからやっていなかっただけなんだ。あればいくらでもやりたかったことだ。だとしても……

「あのさ、僕が言いたいのは、そーゆー意味じゃない。暦は愛抱夢が怖いんだろってことだよ」

 んなわけあるか! と反論しようとしたところランガまで畳み掛けてきた。

「心配しなくても大丈夫だよ。愛抱夢は意外に優しいし、怖くなんてないから」

 優しいのはランガ限定に決まっているだろう!

「ふたりとも、バカ言うなよ! あんなやつ怖かねえよ。ただ俺はあいつが嫌いなだけだ」

「そうなんだー。確か前は大嫌いって言っていたよね」と、実也は意地の悪い笑みとともに「愛抱夢への好感度が〝大嫌い〟から〝嫌い〟に上がった」と棒読みで余計なツッコミを入れてきた。

 ランガが大きく息を吐く。

「あのさ。好きになって、なんて誰も言っていないんだから、いい加減慣れたら。だって愛抱夢だってスケート仲間だろう。最近はチェリーやジョーとも楽しそうに滑っているし、シャドウとも普通だし。避けているの暦だけだよ。スケートは大勢の仲間と滑るから楽しいって教えてくれたの、暦じゃないか」

 正論だった。暦だって今や愛抱夢のことを言うほど嫌いだなんて思っていはいない。色々あったから少々苦手意識があるくらいで、嫌いと言い張ってしまうのは、ただ意固地になっているだけだ。

 それでもだ。なんかあまり顔を合わせたくないんだ。今はまだ……

 反論というか愛抱夢宅へ行かない屁理屈を考える時間など与えられず、パークの前に車が止りランガが大きく手を振った。

「あ、迎えが来た」


 いつものマタドール衣装と仮面の愛抱夢に「ど、どうも……」とぺこりとそっけない挨拶を済ませた。

 愛抱夢は、どこか裏のありそうな——もちろん暦視点で——笑顔で迎えてくれた。

「やあ君たちよく来たね」

 それにしても真昼間の自分の家でまで、その格好かよ。誰かがのぞいたりしたら異様すぎるだろうが。と思いつつ周囲を見渡してみるが、周辺から覗けるような作りになっていなかった。おそらく見張もいるのだろう。意外にこいつは用心深いらしい。

 ランガと実也はさっさとプールに飛び込み滑り出す。そこへ愛抱夢も続いた。

 出遅れた暦はボードを抱えたまま楽しげに滑っている三人を呆然と眺めていた。

 どのタイミングで加わればいいのか。

 ランガと実也が滑りながら声を張り上げた。

「滑らないの?」

「どうしたの? 暦も一緒に滑ろうよ」

「ああ、失礼したね。僕はいったんプールの外へ出よう」

 愛抱夢はプールから上がり「初心者は大人数で滑るのは怖いよね」と余計なひと言を添えて譲ってきた。

「じゃ、じゃあ……」と、思い切ってプールに飛び込んだ——

 え? なんだこれ。マジで垂直じゃないか。

「う、うわぁーー!」

 滑ったのか落下したのか、よくわからないまま、気がつけばボトムに転がっていた。反対側の壁面に吹っ飛んでいったボードが弾き返され足にコツンとぶつかる。

 かっこわりい。

 ランガと実也が滑り寄ってくる。

「大丈夫か? 暦」

「いててて……」

「もう。何やってるんだよ。初めてのくせにいきなりドロップインで入ってくるなんてバカなの? ただ落下していただけだったじゃないか。最初はボトムまで降りて、パンピングの練習からだよ。まったく……」

 実也が丁寧に教えてくれる。実也の隣でランガは「暦もだけど、実也って教えるの上手いね」と感心している。

 ランガは人に教えることができた試しなんてない。そもそもランガみたいな天才タイプはどのような難易度が高いトリック修得も基本を教わっただけで一発でできてしまう。ときには人の技を見ただけで自分のものにしてしまうのだ。そうなると「それ、どうやって覚えた?」などと訊いてみたところで、首を傾げ悩んでしまう。一般人にとってそれがどれほど難しいのかを、まず理解できない。挙げ句、「こうして、こうやって……こんなふうになんとなく……」などと身振り手振りを混じえ意味不明な説明しかできないのだ。もちろん、まだ日本語が不得手という理由もあるのだろう。

 まあ間違いなく、こいつは指導者には向いていない。本人も向いているとは思っていないだろうけどな。

 実也の説明に区切りがついたタイミングで、意外なやつがアドバイスのために、プールのボトムまで降りてきた。愛抱夢だ。

「ミニランプと違い通常バーチ部分は垂直だからね。このプールもそんな作りになっている。落下の恐怖で体が縮こまりバランスが取れず体がアール側に引っ張られるんだ。初心者はランニングプッシュから徐々に慣れていくしかないよ。それで……」

 ランガは「ほう……」っと呑気に感心している。

「よかったね。実也も愛抱夢も、教えるの上手で。頑張って、暦」

 おまえは教えてくれる気はないのか。

 そんな実也や愛抱夢の暦へのアドバイスを聞いていたランガは「俺も!」と滑り出した。楽しそうに。ランガはスケートに関してはどのような些細なことであっても貪欲に吸収しようとする。

 まったく。すごいのはおまえだ。

 それでも、ランガが「すごいな。暦は」とこっちが恥ずかしくなるほど誉めてくれるのは嫌味でもなんでもなく、素直に〝すごい〟と思ってくれているからだなんてことは知っている。

「これならすぐにドロップインから滑れるようになるだろうから、スライムにしては上出来だね」

 その後も実也と愛抱夢から優しいとは言い難いがツボを押さえたアドバイスを受け、あっという間にコーピング近くの高さからのキックターンまで、難なくこなせるようになった。今はまだ、エアまでの準備段階だけど、すぐに高く跳べるようになると実也も保証してくれた。

 それができるようになったら、ランガや実也の視界に広がった景色を自分も見ることができるのだ。

 それは、どれほどすごい世界なのか……そのときが楽しみだ。

 それにしても。愛抱夢はランガと同じく天才型だが、アドバイスは的確で簡潔だからわかりやすい。こいつから指導を受けるというのはなんか面白くないが、意外にもランガに対してだけではなく根は悪いやつでないのかもしれない。もともとスケーターには親切な男だったと言っていたチェリーやジョーの話は、本当だったんだと、暦は少し見直していた。


「さて。せっかく用意したことだし、ティータイムにしようか」

 促されて上がったリビングのテーブルには、なんか気取ったアフタヌーンティーセットらしきものが並んでいた。写真でしか見たことない段々になった皿の上に、サンドイッチや可愛らしいケーキが並んでいる。

「喉渇いただろう。まずは冷たいものから」とスライスレモンが浮いたピッチャーから水をグラスに注いでくれた。続いてティーカップに熱い紅茶。

 それにしても、これって、どちらかというと女子向けじゃないだろうか。テーブル中央には花まで飾ってある。これを見たら大喜びするだろうなと月日の顔が浮かんだ。男はこう、なんていうか、どかっとハンバーガーやコーラやフライドポテトで豪快に行くだろう。フツー。

 なんて思いながら水で喉を潤していたら、スネーク……じゃなくて愛抱夢の秘書だという車で迎えにきてくれた男が、皿をテーブルに置いた。皿の上には、熱々のソーセージが並んでいた。なんたる偶然。なんたる奇跡。朝、食べ損ねたソーセージだ。

 もっとも、いつも食べているウィンナソーセージよりずっと高そうだ。もしかして、これ、ナイフとフォークで食べるやつか?

「君たちは育ち盛りだからね。肉も必要かと思って。頂き物のソーセージがあったからボイルしてもらったんだ」

「わあ」とランガが歓声をあげた。

「冷めないうちにどうぞ」

「いただきます!」

 ランガと実也がいきなりぐさっとソーセージをフォークで突き刺し、もぐもぐと食べ出した。それを愛抱夢はニコニコと見ている。

 いつもの調子でいいらしいと、ほっとして暦も続いた。

 ——うまい!

「愛抱夢、これ美味しいよ」

「ほんと美味しいね」

「うまいな。なんかすごく高級な味がする」

「それはよかった」

 緊張もほぐれていき、ソーセージもサンドイッチもケーキも夢中で食べた。ランガは遠慮なしに食べたいものを食べ、実也はソーセージは脂が多いから二本だけにしておくとか言って、そのあと糖質もアスリートには必要だよと愛抱夢に促されスコーンやケーキも食べていた。

 食べた食べた。満腹。

 紅茶を飲みながらなんとなくスケートの話題になり、暦は実也に話を振った。

「実也の競技スケートはフリースタイルだろう? バーチカルのコンテストとかにも出場したいのか?」

「そうだね。僕にはフリーが一番適性があったからなんだけどオリンピックの正式種目に採用されていないんだ。僕はまだ若いんだし、色々可能性を試しているだけだよ。世界を目指すってそういうことだろう。フリースタイルやバーチカルだってオリンピック正式種目にいつか採用されるかもだしね」

「へえ。実也はすごいね」と感心しているランガに実也は訊いた。

「ランガは競技スケートに行かないの? プロになる気は? コンテストに出場したっておかしくないのに……」

 それは、暦も疑問だった。ランガならプロを目指しても不思議ない。

「うん……今はまだ卒業後の進路に悩んでいるし……」

「ランガくんならプロという道も選択肢のひとつになるだろうね」

 愛抱夢の言葉に、暦も心の中で同意する。

「そうかな。理想は将来ちゃんとした仕事に就いて、なるべく給料をたくさんもらって母さんに楽させてあげることなんだ。それで楽しくSで滑りたい」

「ランガくんはお母さん思いのいい子だね」

「でもさ、ちゃんとした仕事候補のひとつがプロでも別にいいんじゃない? 僕はそうだよ」

 実也の提案に、ランガは「うーん」と少し首を傾げた。

「俺さ、競技として成立していなくてもSがいいな……」

「Sが楽しいのは僕も同じ。だから僕はプロスケートをちゃんとした仕事にして、Sで遊びたいんだ」

「ふふ……そうだな。君たちにそこまで言われたんだから……僕がSを正式競技にして見せよう」

 何を言ってやがる。無理に決まってるだろうが——と思うのだが、ランガが身を乗り出した。

「わあ、楽しみにしている。ありがとう、愛抱夢」

 いやいやいや……ダウンヒルって種目があるにはあるが、流石にSは無茶だろう。ダウンヒルコースで崖を飛んでショートカットしたり、落石があるコースを走り抜けたり、ところどころ朽ちているフェンスの上でスライドしたり、爆竹鳴らしたり、スケボーで相手選手をぶん殴ったりなんて認められるはずないだろうがと、暦の表情がだんだん険しくなっていき、しまいに小さな唸り声を上げていた。

 暦の心を読んだように愛抱夢は、補足する。

「心配しなくても僕にだってS外での良識くらいはある。あくまでもスポーツとして許される範疇での話だ。殴ったり爆竹なんて論外だが、まあ落石くらいはあったほうが盛り上がるよね」

 何を言ってやがると心の中で頭をかかえていたら、ランガはキラキラと目を輝かせて頷いている。

 ダメだ。こいつら……

「暦は、いいよね。器用で何でもできて……俺と違って何にだってなれそうだし……」

 ランガが心底羨ましそうに言ってきた。なんでだ? 見れば大真面目な顔をしている。

 実也が割り込んできた。

「なんでもか……うん。今の暦ならプロスケーターにだって、その気になれば、まあ目指したっていいんじゃない? と思うくらいの実力はついてきたよね。もっとも僕みたいに世界のトップを目指すなんて無謀だけどさ」

 実也は持ち上げたと思えば、落としてみたりと忙しいやつだ。

 確かに最近の自分は、プロスケーターの末席くらいには置いてもらえるかもと、ぼんやりとは感じてきていた。実也の言うようにトップ選手を目指せるわけなくてもだ。

 スケートは楽しい。自分はそんなスケートが好きだ。大好きだ。それでも、それで食っていくというのはどこか違う気がしていた。

 今の目標は、最高のボードを作って最高の滑りをする。そして、スケート仲間と楽しく滑って、こいつ——ランガと同じ景色を見ることなんだ。だから置いていかれたくない。それなら技術的にも上を目指さなくてはいけない。

 ただ、それだけなんだ。

 スケートはスポーツだが、肉体の鍛錬や技術を磨いて競うようなアスリートだけのものではない。もちろん実也みたいにアスリートとして世界のトップを目指すのは素晴らしいことだとは思うけど……なんか上手く言葉にできない。もやもやする。

 愛抱夢が静かに言った。

「スケートは、スポーツというより、もともとストリートカルチャーに根差した、ただの遊びだったんだ」

 ああ、そうだよ。それだった。家の庭にこんな立派なプールがあってそこで滑ればいい愛抱夢も、そう思っているのか。

 街中で滑り回り、騒音や公共の設備を傷つけたり破損したりで迷惑がられ、不良と白い目で見られながらも、悪いことってわかってながらも、いつでもどこでもどんなときでも滑れるスケートが、暦は大好きなのだ。

「境遇も皆バラバラ。家庭や金銭的にも恵まれていないスケーターだっていた。皆、家庭以外に拠り所を求めた。そんな似た魂のものたちが路地裏や深夜の人気のない商店街にたむろして、スケートで一体感を得ながら滑る——彼らは、ただ孤独を埋めたかったのかもしれないね」

 第三者が分析したように愛抱夢は淡々と語ったが、それは内心の吐露のようだと暦は感じた。

「おま……えっと愛抱夢も、家だけじゃなくて街でも滑っていたのか?」

「ん、まあそうだね。君たちくらいの年齢だったころかな。夜な夜な友人たちと警官をまきながら滑るのが面白くてね……」

 それって、まだ仲良かったころのチェリーやジョーたちとだろうか。

「そんな不良がやっていたはずのスケートなのに、今やどうだ。オリンピックでメダルを若い選手が取って以来、人気に火がつき、なんと我が子にさせたい習いごとのひとつになりつつあるんだよ。スクールも練習できるパークも全国的に増えている。幼少期から教育熱心な両親が習わせることで、スポーツとしてスケートに触れ、街中で滑った経験なく金メダルを取るような、お行儀のいい選手が増えていく……いいとか、悪いとかではなくて、時代の流れなんだ。なんとなく寂しい気もするけどね。ただ、それならなおのこと僕はSをやめるわけにはいかないんだ」

 黙っていたランガが口を開いた。

「今の愛抱夢は、寂しくないだろう。俺たちだっているし」

 それは寂しいのピントがずれているだろうが——と突っ込みそうにもなったが、愛抱夢の両口角が上がったと思うと、隣に座るランガの肩を抱いてぐいっと引き寄せ、頬ずりしながらぐしゃぐしゃと頭を撫で回す。

 おい、ランガ。ちょっとは抵抗しろよ。嫌がれよ!

「ああ! もちろんだよ。 ランガくんと一緒に滑れるんだから寂しいなんてことあるはずもない。ランガくんの口からそう言ってもらえたなんて僕は幸せだ」

 ちゃんと人の話を聞いてろよ。ランガは〝俺〟じゃなくて〝俺たち〟って言ったんだぞ。複数形だ。複数形。

 睨みつければ、愛抱夢は勝ち誇ったように笑った。

「赤毛くん、嫉妬はみっともないよ。そうそう。ランガくんは初見で、いきなりドロップインで滑り始め軽々と高いエアで次から次へとトリックを決めたんだ。悔しくても早まってはいけないよ。君みたいな凡人は天才の真似をしても怪我をするだけだからね。まあ気長にやりたまえ」

 前言撤回。やはりこいつは、いけすかないイヤなやつだ。

 こうして、暦の愛抱夢に対するの好感度が、〝嫌い〟から〝イヤなやつ〟に上がった……のかもしれない——そんな一日。