仔猫(吸血鬼シリーズ12)

 那覇の商店街を歩いていたとき、花屋が目に留まった。

 そういえば、明後日は愛抱夢の誕生日だったな。

 愛抱夢は吸血鬼の父と吸血鬼の母の間に生まれた純血の吸血鬼だと聞く。純血の吸血鬼など絶滅危惧種さ——と愛抱夢は笑っていた。

「いらっしゃいませ」

 人の良さそうな笑顔で男性スタッフが迎えてくれた。

 と、いきなり「おーい、シャドウのおっさん」と少年が店内に入ってくる。

「ここではその名で呼ぶなって言っているだろう。それにおっさんじゃねえ」

「三十路は十分おっさんだろう」

「まだギリ二十代だ。接客中だから少し待て。実也」

 そうだ。この店員の名前はシャドウで少年の名は実也だった。

 ——ん? 俺は今何を? はじめて会う人たちだ。

 そんなこと知るはずないのにと苦笑した。

 少年は見た感じ中学生か高校生くらいだろうか。

 ちょっと吊り気味の勝気そうな大きな目に緑色の瞳。

 なんか仔猫みたいでかわいらしい子だなと思った。

「お客さま、どのような花をお探しでしょうか」

 そこで誕生日用のフラワーアレンジメントを注文することにした。赤い薔薇をメインにして欲しいという希望だけ伝えたが、あとはこの店員のセンスに任せることにした。

「お届け先をお願いします」

 紙とボールペンを手渡された。

「今、沖縄旅行中でホテルに届けてもらいたいんだけど、大丈夫?」

「もちろんです」

 ホテル名とルームナンバーと氏名を書いて渡し、支払いを終え店を出ようとしたとき、ふたりの雑談が耳に入ってきた。

「いつこっち戻ってきたんだ? 実也」

「ゴールデンウィークで大学も休みだからね。暦も里帰りするって言っていた。ジョーやチェリーとも連絡とって久々に〝S〟で皆と一緒に滑ろうよ」

 大学? 大学生なんだ。ということは今のランガの肉体年齢より少しだけ歳が上だということになる。かわいらしいとか失礼なことを考えていた。日本人は若く見えると感心する。あと、ジョーとチェリー? どこかで聞いたような……

 見れば実也と呼ばれた少年はスケートボードバックを背負っていた。

「そのバックの中はスケートボード? あなたは……もしかしてスケーター?」

 ランガは思わずそう口に出していた。

「まあ、一応……」

 少々照れくさそうに言う実也に「こいつ、こう見えてもプロなんだぜ」とシャドウと呼ばれた店員が補足を入れる。

 実也は口を尖らせジロリとシャドウを見た。

「余計なこと言わなくていいって」

「へえ、すごいね。俺も少し滑るよ」

 言えばふたりとも目を輝かせた。

「さっきホテルって言っていたよね。旅行者? ってことは沖縄の人じゃないよね。どこに住んでいるの? スケートはいつから?」

 実也は好奇心旺盛な仔猫のように身を乗り出して質問してきた。

「あ、沖縄というか日本には旅行中なんだ。スケートはまだはじめて六年くらいかな。その前はスノーボードやっていたんだ」

「ということは……日本に住んでいないのか。その割に日本語上手いな」とシャドウ。

「母さんが沖縄出身だから家では日本語で会話をしていたんだ。でも、なんとかなっているのは話すだけで日本語の読み書きは苦手なんだ」

「そうなんだ。いつまでこっちにいるの?」

「六日まで」

「三日から五日まではハーリーがあって夜は花火が上がるからな。沖縄、楽しんでいけよ」

「ありがとう」

 雑談を終え店を出ようと出口で振り向き軽く頭を下げた。

「では四月三十日夜にホテルまでお届けにあがります。ありがとうございましたー」

 シャドウは陽気な笑顔でドアの前まで見送ってくれた。

 ——いい人たちだったな。一緒に滑れればいいのに。

 外は綺麗な快晴だった。ランガは眩しそうに目を細め沖縄の青い空を仰いだ。