もみじ狩り

「はい、お土産。菓子だよ」とランガに手提げ紙袋を手渡した。

「ありがとう」

 ランガは紙袋を一旦テーブルに置き、愛之介から上着を受け取りハンガーに掛けた。

「悪いね」

「どこへ行っていたんだった?」

「広島」

「原爆で有名だよね?」

 ネクタイを引き抜こうとしていた手が止まる。しばし絶句している愛之介にランガは「ごめん」と小さく肩をすくめた。

 いや、わかっている。ランガは少々言葉が足りないだけだ。

「ああ、平和記念資料館や原爆ドームがある。君もいつか行ってみるといい」

「うん、そうする」

 かさかさと包装紙を取り除き箱を開けたランガは目を輝かせた。パッケージに包まれた菓子を手に取りじっと見つめ包装紙と交互に見て顔を上げた。

「あれ? これもしかしてメープルリーフの絵だった?」

「そうだよ。でもメープルシロップは入っていないからね。それは広島の有名な菓子で〝もみじ饅頭〟と言うんだ。饅頭の形も、もみじ——メープルの葉のデザインになっている。伝統的な小豆餡が入っているものと、レモン、チーズ、チョコレートのクリームが入っている最近開発されたものだ。食べようか」

「うん。お茶を淹れてくるね」

「そうだね。まずは日本茶で餡子のほうから食べよう」

「わかった」

 最初に日本茶で小豆餡のもみじ饅頭。次に紅茶をカップに注ぎクリームのもみじ饅頭を食べた。

「美味しかった! ごちそうさま」

「喜んでもらえてよかったよ」

「メープルのことを〝もみじ〟って言うんだね」

「そうだね。〝もみじ〟か〝かえで〟のどちらかだ。違いは……」とスマホを取り出し確認をする。「なるほど。どちらもムクロジ科カエデ属らしい。なんとなく葉の形の違いで区別しているらしいね。カナダでメープルシロップを取るメープルは日本語名はサトウカエデなんだよ」

 もみじといえば秋に赤く色づく紅葉だ。もっとも漢字で紅葉と書いて〝こうよう〟とも〝もみじ〟とも読むからややこしい。

 沖縄で色づく樹木はあまり見られない。リュウキュウハゼが冬に赤くなるくらいか。カエデ並木もあるのだがほとんど紅葉せず、一部が少し赤みを帯びるくらいで止まる。本土に来て初めて山一面の紅葉を見て感激したという沖縄県民も多い。

「まだ先の話だけど秋になったら〝もみじ狩り〟に行こうか」

「もみじがり? もみじってメープルのことだって言っていたよね。メープルシロップでも採りに行くの?」

「いや、そういうことではなくて。〝autumn viewing〟に出かけようということだよ」

 ペンを取り出しもみじ饅頭の包み紙に〝紅葉〟と漢字を書いた。

「日本では秋に木々の色が変わる様子を漢字でこう書くけど〝こうよう〟とも〝もみじ〟とも読めるんだ。読み方によって少し意味が違う。〝こうよう〟は〝autumn leaf〟で〝もみじ〟は〝maple〟ってことかな」

 説明していてランガをますます混乱させそうだなと少し後悔した。軽く流せばよかった。案の定目をぐるぐるさせているように見える。

「うー日本語難しい」

「そのうち慣れるよ。で、秋になったらその紅葉を見に行こうってこと」

「わかった」

 ランガは窓の外に目をやった。きれいな五月晴れだ。

「俺……いつか、カナダの紅葉をあなたに見せてあげたいな」

「それはいいね」

 しかし、いつか——なんて言っていると現実にならない。ランガにその気持ちがあるのならさっさとスケジュールを立ててしまおう。九月下旬から十月上旬が見頃だという。大学生だ。少しくらい休んでも問題はないだろう。自分は視察ということにすればいい。公費を使わなければ誰も文句など言えない。もちろん真面目に仕事はする。国民に対して報告もきちんとしょう。

「日本の自然も綺麗だけど……カナダはなんというかもっとスケールが大きいんだ」

「そんな壮大な自然を君と一緒に体験できるなんて……本当に素敵だ。絶対に行くよ。さっさと計画を立てよう。君も知っているだろう? 一度決めたら、僕は必ず実現させる男だよ」

 そんな愛之介の力強い言葉に、ランガは嬉しそうに微笑んだ。