木漏れ日

 ヒカゲヘゴに挟まれた道を、後ろから追い抜いていく車に気をつけながら、ウィールの振動音を響かせ滑っていく。

「で、目的地はまだ先なの?」

 滑りながらランガが訊いてくる。

「ああ、あと少しかな。勝手に先にどんどん行ってしまうと迷子になるよ」

「ずっと一本道だったじゃないか。分かれ道になったら愛抱夢にちゃんと訊くから大丈夫」

 などと言って、おかまいなしに先を滑っていくランガを追った。抜きつ抜かれつを繰り返しながら。

 やがて、前を滑っていたランガがスピードを徐々に落としていき、立ち止まると上空を仰ぐ。ランガは、澄んだ青空を見上げ手をかざすと眩しそうに目を眇めた。愛之介も近づき、彼の横顔を見つめる。相変わらず光に溶けてしまいそうな、透き通るように白い肌だ。

 愛之介の方を向いて、ランガは微笑んだ。

「喉渇いた」

 ランガは背のワンショルダーバッグから水を取り出し喉を潤し始めた。

 愛之介も水のボトルを取り出す。見れば、目的地へ入る山道への分かれ道はすぐそこだった。

「ランガくん。そこを入るんだ」と、車両乗り入れ禁止の登山口を指差した。

「わかった」

「それとそこは、舗装されていないし登り坂になっている道だからね。スケートは無理だから、のんびり風景を楽しみながら歩いていこう」

「うん。それにしても、まだ暑いね。もう九月も終わりなのに。沖縄って十月過ぎないと秋にならないよね」

「今年は特に暑かったからね。猛暑日の記録更新をしたくらいだ」

「猛暑日って、気温何度から?」

「三十五度超えると猛暑日と言われているんだ。意外にも沖縄は北海道の次に猛暑日の少ない都道府県なんだよ」

「北海道が一番北で、沖縄が一番南だよね?」

「そうだね」

「知らなかった……」

「日本人のほとんどは知らないさ。一番南にある沖縄が日本で一番暑くて猛暑日も多いと単純に信じ込んでいる人がほとんどだよ」

 スケートボードを抱え、亜熱帯常緑広葉樹が茂る森の道を歩いていく。

「かわいい花が咲いているね」

 ランガはピンクの小さな花を覗き込んだ。花の名前は忘れてしまったが、確か秋を告げる花と言われている。

「滑っているとあっという間に通り過ぎてしまい花すら目に止まらないからね。たまには歩くのもいいだろう?」

 ランガは頷いた。

 やがて聞こえてきた水音に目的地のすぐ近くまで辿り着いたのだと知る。

「ワオッ!」

 ランガが歓声を上げた。

 ゴツゴツした岩肌を伝い滝壺へと水が滑り落ちていく。それは、ごく小さな滝だったが、水飛沫が細かいミストとなって涼しく心地よかった。

 周囲は鬱蒼とした森が広がっている。梢を隙間なく覆う濃い緑の葉が、秋の日差しを遮ってくれていた。

「どうかな?」

 ランガは木の幹に手をかけると、振り向いた。

「涼しくて……とても綺麗だね」

 ——綺麗なのは君だよ……

 降り注ぐ木漏れ日がランガの水色の髪の上で煌めき光の粒子となって霧散する。次から次へと……きらきら、きらきら……

 ランガはもう一度滝に目を戻し、愛之介も彼の視線の先を追う。岩にぶつかってできた水飛沫に、日光が当たり小さな虹が描かれた。

 ふと、あの素晴らしかった虹色の世界のことを思い出していた。

 目を閉じる。あれは何だったのだろう。

 あそこでしか自分は救われないと思い込んでいた。

 あの世界に辿り着ける無二の存在であるイヴと共に永遠を手に入れる。それが自分が救われる唯一の道だった。

 君の心が赤毛に向いているのなら、君を取り戻すためにこの肉体を捨ててもいい——そう本気で願った。魂だけになってあの世界で永遠にふたりきりになりたかったのかもしれない。もちろんそこまではっきりと考えていたわけでも死にたかったわけでもなかった。

 今となってはあのときの精神状態を思い出すことは難しい。もしかすると、あまり思い出したくはないだけなのかもしれない。確かなことは、イヴとの永遠を手に入れる。それだけをただ切望した。自分を癒すことができるのは、イヴがいるあの世界だけなのだと信じていた。

 ランガがイヴであったことは間違いない。それなのに自分はしくじったのだ。彼を閉じ込め自分だけのものにすることは叶わなかった。

 肝心のイヴが、あの世界を拒絶したのだから。それだけではなく彼は自分を俗世に引き戻してしまったのだ。

 一陣の風が吹き抜けていき、ランガの水色の髪をふわりと持ち上げる。ランガが愛之介を見て首を傾げた。

「愛抱夢……どうかした? 疲れている?」

 キュッキュッキュッキュッ——甲高い鳥の鳴き声が響く。

「え? あ、なんでもないよ。疲れてはいない。ただ少々もの思いに耽ってしまってね」

「ふうん。どんな?」

「ランガくんがいてくれて、よかったなって……」

 言えばランガは目を輝かせ身を乗り出してきた。

「俺も! 俺も愛抱夢がいてくれて、一緒にスケートできてよかった!」

 おそらく、彼の〝よかった〟と自分の〝よかった〟はその重みが違う。ランガは同じ調子で、赤毛どころか実也やシャドウやジョーやチェリーにも「会えて、一緒にスケートができてよかった」と言うだろう。

 たとえそうであったとしても、ランガが自分のそばにいてくれることが今は嬉しかった。とはいえ神道愛之介は欲深く、しかもそれを成し遂げるだけの才覚があるのだと自負している。ならば、自分はありとあらゆる手を尽くそう。

いつかふたりの絆が永遠になる——そんな日を信じて。