十二時間

 水滴が頬に当たった。空を仰げば、暗い雲が垂れ込めていて、雨が次から次へと頭や顔に落ちてくる。

 天気予報よりずっと早かったけれど、本格的に降ってきたのだ。滑っている間は降って来ないだろうと楽観視していたのだが、甘かった。

 雨足は徐々に強くなっていき、髪や服を濡らしはじめる。

 自分に不可能はないと豪語する愛抱夢であっても、天気を自由に操ることはできないらしい。予想に反して、滑りはじめてから一時間経たずして降り出した雨。これ以上のスケートは諦め、逃げるようにして愛抱夢の別荘へと急いだ。

 スケートのできない夜にやれることは、あまり多くはない。食事、スケートの動画鑑賞、シャワーで汗を流して。

それから……

 最近の愛抱夢はランガに泊まっていくのかなどと、いちいち確認しなくなった。ランガもどうしようかと悩まない。この別荘で夕食をともにすればそのまま宿泊していくことが、今ではごく自然な流れだった。

 ふたりとも風呂から上がり、まだバスローブを身につけたまま並んでベッドに腰をかけ水を飲む。飲み終え、そろそろ寝巻きに着替えるか、というタイミングで肩を掴まれグイッと引き寄せられた。バスローブの合わせから覗く彼の裸の胸に頬がぶつかる。

 湿り気を帯びた肌からボディーソープとタバコの香料が混ざったようなの甘いにおいが、ふわりと立ち上った。気分を高揚させ、それでいてどこか落ち着かせてくれる愛抱夢のにおい。

 愛抱夢は、片腕でランガを抱いたまま空いたほうの手をバスローブの中へと差し入れ素肌に直接触れてきた。ゆっくりと手のひらが肌の上を滑っていく感覚に目を閉じ深く息を吐いた。指の腹が胸の突起を掠めれば意思と関係なくピクリと体が跳ねる。

 こうして彼の腕に抱かれて感じる、肌の肌理や筋肉の弾力、触れてくる指の感触、体温、におい、耳元で聞こえる息遣いが——愛抱夢という存在を五感に刻みつけてくる。

 唇が重なった。軽く触れ合うだけのキスから、ディープ・キスへ。強く吸い、舌を絡め、唇を舐め——それから彼の唇は頬を掠め、耳、喉元へと。

 同時に愛抱夢は、ランガのウェストで結ばれていた腰紐を解き、バスローブの袖を腕から引き抜き床へ落とした。

 続いて彼自身もバスローブを脱ぎ、間接光の柔らかい光の中、全裸でランガの前に立ち余裕の笑みを浮かべた。

 彫刻のような裸身に息を呑む。

 無理なく絞られている均整が取れた体だ。しっかりと鍛えられた筋肉が全身を覆い、肩や腕はがっちりとたくましくて、広くぶ厚い胸は下腹部に向かって引き締まっていく。

 ただ、無言で見惚れていた。

 愛抱夢の肉体は、いつ見てもため息が出る。見入ってしまい目が離せなくなるほどだ。

 そっか……自分は彼を綺麗だと思っている。今更ながらランガはそのことを自覚した。

 愛抱夢はよくランガのことをかわいいとかラブリーなどと褒めそやしてくれるのに、自分は面と向かってその手の愛抱夢を称賛するような言葉を口にしたことがなかったなと気づいた。

「どうしたのかな。そんなに人の体ジロジロ見て……」

 言われて顔を上げる。真剣に見ていたことを気づかれてしまった。

「えっと、あの……愛抱夢って、すごく綺麗だよね。特に体のラインとか筋肉が……」

 愛抱夢は一瞬、目を丸くした。

 慣れないことを言ったので少々ぎこちなかったかもしれない。

「君に褒められるのは、心から嬉しいよ」

 もう一度、彼の顔を見て胸から下腹部へと視線を下げていき、辿り着いた股間に、堂々と聳り立つものが目に飛び込んできた。

 体のどの部分より色素の濃いそれは、刀のような優美な曲線を描いていた。

 さわりたい。さわって、そして……

 気がついたらランガは手を伸ばしていた。両手の指で絡めとり、裏筋をさすり、指先でそっとカリをなぞり、全体を手のひらで包み、しごきながら亀頭を指の腹で円を描くように撫でて……そして——

「ランガくん! ちょっ……ちょっと待って……」

 愛抱夢は慌てた様子で制止してきたのだが、間に合わなかった。彼のものはぴくぴくと脈打ちランガの手指を汚した。

 あれ? 思ったより早かった。

 顔を上げて目が合った愛抱夢は、気まずそうにふいっと顔を逸らし、無言でティッシュやウェットティッシュをランガに渡してきた。

 手を拭くようにということらしい。見れば、愛抱夢はこちらに背を向け、黙々と自分のものを拭いている。

 深く考えずにやらかしたことだったけれど、不味いことをしてしまったのだろうか。嫌な気分にさせてしまったのかもしれない、と少しばかり不安になる。まだ加減がよくわかっていないのだ。

 だから彼の背中に謝ってみる。

「ごめんなさい……俺、悪いことしちゃったよね……」

「いや……僕が油断していっただけだよ」

 それから彼は振り向くとランガの顔を見てため息をひとつ。

「まったく……そんなテクニック誰から教えてもらったのかな? いけない子だ」

「あなたが俺にやってくれていることの見様見真似。た、たまにネットで調べたりもするけどさ」

 愛抱夢は、にっと口端を上げた。

「ふうん。では、お返ししてあげないとね……」と言うなり体重を掛けてきて、気がつけばベッドの上に押し倒されていた。

 そういえば、〝お返し〟って、日本語だといい意味も悪い意味にも解釈できるらしいのだが。

 愛抱夢はベッドに腰をかけたまま、横たわるランガを見下ろし頬を撫で目を細め微笑んだ。

「なんて美しいんだろう。さすが僕のイヴだ」

 じっと見つめられると落ち着かない。

 それと、もうひとつ——今日、設置したというベッドに向けられたカメラも気になって仕方ない。

 もちろんメイン被写体は愛抱夢ではなくランガだ。

 ——ランガくんが、より魅力的に、より美しく撮影できるよう色々と工夫を凝らしているんだ。

 そう愛抱夢は言っていたな。カメラの角度や、ふたりの位置、ライティングなど細かく計算されているらしい。あとで楽しめるよう最高の映像を撮りたいからね——と何故か得意げに解説してくれたのだが、頭脳の無駄使いでしかないだろう。政治家らしく、もっと国民のためにその頭の良さを使えばいいのに——と思わないでもなかった。

「カメラが気になるのかい。さっきも説明したよね。映像さえとって手元にあれば僕はいつでもどこでも、たとえ君と遠く離れていたとしても、思う存分ランガくんを愛でることができるようになるんだ。感動だなぁ」

「ねえ、やっぱ撮影はやめない? 何もいきなりこんなじゃなくて、もっと普通の……例えばSじゃないところでのスケートとかからはじめようよ」

「それはすでにコレクション済みだ。でも、君は僕以外だと赤毛くんと一緒に滑っているじゃないか。邪魔なんだよ。そこで編集して赤毛くんを消してみたんだが……君は誰もいない空間に話しかけている、ただの危ない子みたいになってしまって、苦慮している。

 いつの間に……というか——

「暦を邪魔者扱いするのはやめて」

「ああ、悪い悪い。僕のコレクションにはランガくん単体のものと決めているんだ。たとえ一緒に映っているのが僕であっても最小限に抑えたい。それだけだよ。赤毛くんだから特別に邪魔というわけではないんだ」

「そ、そうなのか」

 愛抱夢は頷いた。

「言っておくけど、それ以外も様々なランガくんが手元にあるんだ。食べているシーンとかね。美味しそうに何かを食べているランガくんは、最高にラブリーだよ。つまり僕は、ありとあらゆるランガくんを必要としているんだ。これは深刻な死活問題といえる。そんなささやかな僕の願いを優しいランガくんは叶えてくれるよね」

 ささやか? どんなにお願いされてもイヤなものはイヤだ。そんなランガの心を読んだのか、愛抱夢はランガに耳元に唇を近づけると、低い声で囁いた。

「君はそうされても仕方ないようなおイタをしたんだよ」

 ぞくりとした。

 少しくらいの仕返し的なものは覚悟していたけれど、自分が愛抱夢にやったことに対して大き過ぎる報復だと訴えたら「倍返しというのが日本のマナーだ」などと、よくわからないことを言ってきた。

 それから何を訴えてもさらりとかわされる。

 そこで理解した。この人はランガが何をしようがしまいが、こうすることを前もって決めていたのだと。どのような状況であっても、とんでもない屁理屈を並べ立て、有無を言わせる気など毛の先ほどもないのだろう。

 こうなると抵抗は無駄だ。

 本気の愛抱夢に丸め込まれないでいられる自信なんてあるわけない。今回、ランガの突発的なやらかしが、そのことを容易なものにしただけだ。おそらく愛抱夢にとって屁理屈を重ねる手間が半分くらい省けた、程度なのだろう。

 そう考えると、もう諦めるしかない。ないのだけれど、ここまで好き勝手されるのは面白くない。

 ならば……と、両腕で顔を隠してやった。しかし、愛抱夢は「それでは作品の価値が半減する」と手を退けるように注文をつけてきた。無視して腕で顔を覆ったままにしていたら、頭上に両手首をまとめて固定された。横暴だ。

 愛抱夢は顔を近づけながら、ランガの唇を親指の腹でなぞり、うきうきと鼻歌を歌いながら極めてご機嫌な笑顔を向けてきた。

「ふふ……楽しみだね。ワクワクするね」

 至近距離で、あたたかく湿った吐息がかかり、すぐに唇が重なった。

 ああ、わかってる。自分はそこまで嫌がってはいないのだと。


 微かに雨音が聞こえてくるだけで、部屋の中は静かだった。

 だからか、シーツを擦る音、忙しない息遣い、濡れたリップ音。そんな音すべてが、この行為を強く意識させ生々しい。

 愛抱夢の手のひらが腹を撫で、胸の丘を這いまわってランガの乳首にたどり着くと指を使っていじりはじめた。乳首はすぐにツンと尖り、指の腹で転がされる度に痺れるような感覚に疼く。ランガは唇を噛み声をこらえた。

 口から零れる乱れた吐息が熱っぽかった。薄目を開いてみれば、愛抱夢はランガの表情を真上から眺めながら、小刻みに指を動かしていた。

 あの赤い瞳に今の自分はどのような姿を晒しているのだろうか。しかもそれは、映像として記録されているのだ。どうしよう。なんとか取り上げる方法は……などと回らない頭でランガは考える。

 と、いきなり膝裏を掴まれ内腿をぺろりと舐められた。

「ひっ!」

 ピクッと体が背が跳ね、同時にクスッと笑う声が聞こえた。

「たまらないなぁ。ランガくんは、かわいくてかわいくて……食べちゃいたいくらいだ」

 腿の内側から尻を愛抱夢の大きな手のひらが撫でまわす。そして彼はローションのボトルを取り出した。彼の指には、いつの間に指サックがはめられていて、そこにローションを垂らしている。これは愛抱夢なりのランガに対する気遣いだった。衛生的な問題もあるだろうが、何より、大切な恋人のデリケートな粘膜を爪で不用意に傷つけたりしないようにと。

 ローションを足しつつ入口をマッサージし、柔らかくほぐれたところで、自らの通り道を確認するように、ゆっくりと指が侵入してくる。異物感にぞくりと背を震わせランガは逃れようと無意識に身を捩っていた。

 愛抱夢は、そんなランガの動きをやんわりと封じて、指数を増やしさらに挿入を深くする。

「ねえ、君さあ……体が覚えているよね。だからこんなふうに期待してしまっているんだ」

「ち、ちが……う!」

 否定してみても図星だった。これから彼のしようとしていることが、ランガにはわかっていた。快楽の予兆の波が、ぞくりと背筋を駆け上がっていく。

「まあ、いいさ」と愛抱夢は中でゆっくりと指を蠢かせた。

「ふっ……あ、あん……」

 頑張って声を出すまいと、きつく結んでいたはずの唇は、愛抱夢の指の動きひとつであっけなく開いてしまう。中を掻き回され感じやすい部分を指が掠めるたびにランガは背をしならせ、あからさまな喘ぎを漏らした。

 今のランガは、自分の意思で声を抑えることはできない。

「やっと普通に声が出るようになったね。撮影されていることを意識しちゃったかな。恥ずかしくて我慢していた? でも安心して。僕のランガくんはどんな状況であっても雪のように清らかで美しいよ。うん、それは間違いない。たとえ、どれほど淫らに乱れて見えたとしても、そうでなかったことは一度もないんだ。だから流されていい。不安に思う必要はない。さあ、今の君の望みを言ってごらん」

 ランガの色を失くした瞳が切な気に愛抱夢を見て、懇願するかのように唇が震えた。

「あ……だむ……欲しい……」

「僕の何が欲しいのかな?」

「ディック……」

「それで僕はどうしたらいい?」

「俺の中に挿れて……掻き回して……俺を満たして……」

「よろしい」

 愛抱夢は満足げに笑って唇にキスを落としてから、ランガの膝裏を掴み両肩にそれぞれの脚を乗せた。

 体の芯に、愛抱夢の猛ったものがゆっくりと入ってくる。目を閉じれば、さっき目にした彼の陰茎が浮かんだ。色は赤黒く先端にはつやがある。形は……軽く弓なりに反っていて……大きさは、多分……大きい。充血して、血管がくっきりと浮き上がっていた。

 それが、今、自分の中に収まっている。みっちりと隙間なく……ランガを満たしていた。 

 愛抱夢はゆっくりと腰を動かしはじめる。長く短くとストロークを変化させながら、快感を操るように漕いだ。ベッドのスプリングが軋み、尻に彼の腰が打ちつけられる。

 はぁはぁ……という荒々しい息遣いと喘ぎ声。抽挿のたびに尻をぴたぴたと叩く音。激しい動きに汗が飛び散った。

 じんじんと痺れるような快感が、小刻みに襲ってくる。

「愛抱夢……ダメ。俺……もう、もたない」

 切れ切れに訴える。

「ランガくん、頑張らないで。流されるまま僕にすべてをゆだねてごらん。何も考える必要はないんだ。気持ちいいんだってことだけわかっていればいい」

 目を閉じ全身から力を抜けば、だらりと弛緩した脚が彼の動きに合わせて揺れている。快感の波が押し寄せるたびに大きくなっていき——やがて悲鳴が喉から迸った。

「やっ、やぁ、ああああーっ!」

 大きく目を見開いてランガは背を逸らし、全身を痙攣させる。ランガが達したあと少しして、愛抱夢のものが腹の内側で脈打つのをランガはぼんやりと感じていた。


 その夜、ランガは何回いったの覚えていない。愛抱夢が一回いくまでの間にランガは複数回いかされていた。

 自分でコントロールできないオーガズム。快楽に歪む表情を隠すことも許されず見られているだけではなく、映像として記録されているのだ。わずかに残った理性が、ランガにそのことを意識させる。

 こんな関係になった相手は愛抱夢だけだ。だから他は知らないし、全て彼から教わったといえる。はじめてのときは好奇心が優っていて、なんだかよくわからないうちに終わっていたし、気持ちいいなどという感想もなかった。

 新しいことに挑戦するって、わくわくするというのが一番大きかったのだろう。

 それが、何度目かのセックスで、後ろから前立腺を刺激されるだけで射精することもなく達してしまい狼狽えた。

 愛抱夢はドライオーガズムだと教えてくれた。この快感を知らない男が多いんだ。君はラッキーなんだ。僕のおかげだから感謝して——とも。この人は何を言っているんだ? とむっとして、愛抱夢は知っているのかという問いには笑ってはぐらかされた。

 それからは色々頑張った。何をってバックでいかされないようにだ。けれど、毎回のように敗北している。あの強烈な快感には抗えなかった。冷静になっていくとランガの中に悔しさが込み上げてくるのだ。

 でも、そんな悔しさも少しずつ薄れてきている。そんな気がした。それがまた違う意味での悔しさを呼ぶ。愛抱夢は呆れながらも揶揄ってきた。セックスは勝敗ではないだろうと。

 いつしかランガも認めざるを得なくなった。

 ——自分は愛抱夢に抱かれるのが好きだ。

 今ではそのくらいはっきりと宣言できるような気がする。しないけど。

 愛抱夢の腕で包まれ守られているのだという安心感と、一方的に犯され蹂躙されていることへの恐怖。それらがせめぎあい、いつしかそれが恐怖ではないと理解できたのだろう。


 穏やかな体温と深い安堵感の中、空腹で目が覚めてしまった。ランガは何度かまばたきをした。どうやら愛抱夢に肌を密着させたまま眠ってしまったらしかった。

 頭を撫でられている感触に身じろぎ顔を上げれば「おはよう。お目覚めかい」と低い声が耳に響く。

「愛抱夢……起きていたの?」

「三十分くらい前には、起きていたかな。まだ早いんだから、君はもっと寝ていていいんだよ」

「今何時? 起こしてくれればよかったのに」

「まだ八時前だよ。ランガくんが、あまりにも安らかに眠っていたから、起こすのも忍びなくて」

「三十分、じっとしていたんだ。退屈だっただっただろう」

「ランガくんの寝顔を見ていた。あまりにもかわいらしくて飽きなかったよ。眺めていたらあっという間に時間は過ぎてしまったからね。それより朝ごはんにしようか」

「うん」

 愛抱夢は、ベッドから降りカーテンを開けた。入り込む朝の光の眩しさにランガは目をすがめた。

 冷蔵庫から調理済みの朝食を取り出し、温めテーブルに並べる。愛抱夢の家の使用人が用意しておいてくれたらしい。なんかこういったことに慣れっこになってしまっているけど、いいのだろうか。愛抱夢は気にしなくていいと言うけど。

 食後の紅茶を飲みながら、窓の外を見れば澄んだ青空が見えた。

「雨やんだね。スケートできる?」

「もちろんだよ。昨日の分まで滑ろう」

「どのくらい一緒に滑れそう? 愛抱夢は今日、東京へ行くんだろう。何時の飛行機?」

「最終便だから……夜の九時くらいだったはず。忠が迎えにきてくれる」

「えっと…あと十二時間くらい?」

「そんなものかな。でも移動時間もあるからね」

「そっか。俺、出発ロビーまで見送るよ」

 愛抱夢の目尻が下がり、テーブル越しにぬっと顔を近づけてきた。

「それは、うれしいな。僕たち、ぎりぎりまでふたりで愛し合えるね」

 愛し合うはイコールで、思い切り激しく滑ろうという意味だと理解している。

「そうだね」

「それとね。今回は、二週間は帰って来れないんだ」

「そうか……」

 二週間か……二週間会えないのかと思うと、なんだか寂しい。

「毎日連絡するよ。君の声を聞きたい」

「俺からはしないね。あなたがいつ仕事しているかわからないし。あ、でも忙しいときは無理して連絡してこなくていいからね」

 意味ありげな笑みを浮かべ頭を撫でてくる愛抱夢にランガは首をかしげた。

「なんで笑っているんだよ」

「ふふ……いや、なに。昨日、撮影しておいてよかったなぁってつくづく思ってね。最高のタイミングだったよ」

 頬がカッと熱くなる。それを話題にしてほしくない。

「どうしたのかな? 顔が赤いけど」

「なんでもない。それより愛抱夢の仕事って、結構暇だったりする? そんなもの観る時間なんてないと思っていたけど」

「確かに僕は超多忙だ。本当に見る時間なんてないかもしれないね」

「じゃあ、なんで撮ったんだよ」

「お守り……みたいなものかな」

「お守り?」

「うん、まあ、いつでもエッチな君を鑑賞することができると思うと癒される。どんな疲れも吹き飛ぶよ」

 そんなもので癒されてほしくない。

「なんか不公平な気がする……」

 愛抱夢がなぜか嬉しそうに身を乗り出した。

「そうだよね! 不公平だよね! 僕は君を愛でることができるのに、君にはそれがないんだから。うん。今度、僕の動画をプレゼントしよう。気が利かなくて悪かったね。ランガくん」

 そういう意味ではない——と、ランガはただ目をパチクリさせていた。そんなもの欲しいなんて言った覚えはない。

「あの……別に無理しなくていいから」

「無理なんてことはないよ。ランガくんは、欲しいのに我慢しなくていいんだ! 遠慮せずに受け取ってほしい」

「は、はい」

 その勢いに気圧され頷いてしまった。まあいいか。お守りと思えば。何から守ってくれるのか疑問ではあるけど。それはお互い様だ。

「では、片付けて滑りに行こうか。貴重な十二時間だ。大切に使わないとね」

 ランガは「わかった」と立ち上がり、すっきりとした笑顔を向けた。