流れ星

 流れ星が見えているごく短い間に三回願いごをと唱えれば願いが叶うと皆が言っていた。日本の言い伝えかと思っていたが、どうやら西欧——キリスト教由来らしい。それにしても流れ星なんてほんの一秒見えてるかどうかなのに三回唱えろなんて無茶な話だ。

 宝石箱をひっくり返したように広がる夜空一面の星々が、指で触れられそうだと錯覚するくらいの距離感で迫ってくる。思わず手を伸ばす。その星々の間を光の筋がスッと走った。

「あ、また見えた」

 聞こえてきた声の方に首をひねれば、ランガが夜空を指差しながら愛之介を見て目を輝かせた。

 今夜は快晴で空気も澄んでいる。流星群という天体ショーを楽しむには絶好のコンディションだ。

 アウトドア用のリクライニングチェアをふたつ並べ、仰向けに寝転がりランガと夜空を眺めていた。

「どう? 流れ星をこんなふうに観賞するのもなかなか素敵だろう」

「うん。今日は……いきなりでびっくりしたど、連れてきてくれてありがとう。暦にも見せてあげたかったな……」

「……あいにく僕は赤毛くんに嫌われているからね。お互い関わらない方が平和だと思うんだ」

「そうなのかなぁ」

「もし彼と親しくなるにしても、時間はかかると思うよ。焦らずにね」

 赤毛の友人と連れ立って歩いていた彼を車内へと強引に引きずり込み、すぐに車を発進させた。後ろから「ランガー! この人攫いー!」という赤毛の叫び声が虚しく響いていたな。

 正直、ザマアミロと大人気なくも勝ち誇ってやった。

 目的地であるこの場所へ到着してから、警察に通報されてもたまらないとランガから赤毛に連絡してもらったが、大量の生存確認のメッセージが届いたという。保護者というわけではないのだから、少し落ち着いてほしい。

 流れ星は一時間に四十個ほど見えると予測されていた。深夜から明け方にかけてが月明かりもなく流れ星を肉眼で観測するには最高の条件だと聞く。

 今度は放射点から上へと向かって一筋の煌めきが見え、次の瞬間、隣から「マネーマネーマネー」と小さな声が聞こえてきた。願いごとらしい。

「ランガくんはお金が欲しいのかな?」

「それほどでも……でも、あれば母さんが少し楽になるかなとは思うけど。どうせなら何かひとつくらいと思って。流れ星ってあっという間に消えるだろう。それで短い言葉——マネーを三回唱えるっていうのが定番なんだ」

 確かに一秒くらいですぐに消える流れ星に願いごとをするならマネーくらい短くないと難しい。火球クラスになると十秒ほど見えたりするらしいのだが、まだお目にかかったことはなかった。

「愛抱夢は何か願いごとした?」

「流れ星にかい? していないし、その必要もないかな」

「あ、また見えた……せっかくだししたら?」

「自分の願いは自力で叶えられるからね。僕には神頼みする理由なんてないんだよ」

「ふーん。愛抱夢ってすごいね」

「そう……僕はすごい男だよ。欲しいもので手に入れられないものなんて何もない」

 そうだ。自分にはそれだけの力がある。財力も権力も知能も。何よりもことを成すための己の能力を疑ったことはない。

 もちろん、今一番手に入れたいのは、隣で流星を眺めている無邪気で美しい少年だ。かつて、彼を閉じ込め手元に置いておくことを画策してみたことがある。思った以上に簡単で、リスクも高くないという結論が導き出された。しかし実行には移すことはなかったし、今後もないのだ。自分はそこまで愚かな男ではない。

 ランガは自分と同類だ。彼は誰のものにもならない。してはいけない。誰かのものになった瞬間、その清麗な輝きは失われる。自分がそうであるように。ならば、ランガを常に見張って——いいや、見守っていようと考えた。加えて、ランガを狙う不埒な輩には、合法的な制裁——罰を与え思い知らせてやればいい。

 ランガに触れることが許されているのは、愛抱夢——神道愛之介だけだと。

 天空を横切り煌めく光がふたたび瞳に飛び込んできた。

「キスキスキス……」

 小さく口の中でつぶやく。

「今の……何か願いごと? しないって言ってなかった?」

「そのつもりだったけれど、せっかくのイベントだからね。何も願いごとをしないというのも無粋だろう」

「何を願ったの?」

「ランガくんとキスをしたい」 

「それってわざわざお願いするようなこと?」

 怪訝そうに眉を寄せるランガの上に覆い被さり顔を近づけていった。やわらかな唇を親指でそっとなぞればうっすらと微笑んだ。その無自覚な婀娜っぽさに息を呑む。ああ、欲しい。欲しくて欲しくてたまらない。そして、愛おしい。

 せめて、キスをしよう。とびきりロマンチックで情熱的なキスを。

 あたたかい吐息が混ざり合い、ゆっくりと唇と唇が重なった。