かがり火

「GPS位置情報追跡アプリ?」

 口にしていたペットボトルを離してランガは怪訝な表情で首を傾げた。

「そう……ランガくんと僕のスマホにインストールして位置情報を共有しておきたい。どう?」

「何のために?」

「お互い相手のいる位置がわかると待ち合わせでイライラしなくて済む。何かハプニングがあったとき便利だし安心だ」

「俺、気にしてなんていないよ。愛抱夢が少しくらい遅れたって大丈夫だよ」

「君が気にしなくても僕が気になるんだ。待ち合わせに僕が遅れて、待っている間、君が危険にさらされる可能性を考えると——僕は夜も眠れないんだよ」

 何、大袈裟なことを言っているんだろう。

「でもさ、愛抱夢はそんなもの使わなくても、いつも俺の居場所わかっているじゃないか。メッセージくれるだろう? 俺がどこにいて何に困っているのか不思議とわかっていてアドバイスをくれる。愛抱夢ってすごいなって思っていたんだ。それなのに、どうしてアプリが必要なんだ?」

「僕は何の後ろめたさを感じず君の居場所——行動を把握しておきたいんだ。つまり合法的に……」

「後ろめたい? 合法的?」

 どういう意味だろう。

「いや、なんでもない。こっちの話だ。で、どうかな? 位置情報を共有してもらえるのなら僕はとても嬉しい。それでも、君がどうしても嫌だというのなら……」

「ふーん。そんなに必要とも思わないけど……でも入れて問題あるとも思えないし……嫌ではないよ。ただ暦が……」

「赤毛くんが?」

「うん。愛抱夢からGPSアプリを入れておこうって提案があっても絶対にインストールするんじゃないって前に言われた」

 なんだけど……暦がなんでそんなアドバイスをしたのか、まるでわからなかったし、今もさっぱりわからない。

「まさか、君と赤毛くんとで位置情報アプリ共有しているとか……」

「してない。俺たちそんなの必要ないよ。学校ではずっと一緒だしアルバイトも一緒だから」

「そうか。おそらくだが赤毛くんは君のことを心配しているんだよ。僕がまるでストーカーみたいにランガくんを監視したり付け回して危害を加えるのかもしれないって。そう思われていることは心外ではあるが、僕は赤毛くんに嫌われているからね。もちろんそんなことはしない。僕がランガ君にそんなことするわけないさ」

「そ、そうなのかな——」

 確かに言われてみれば、暦はやたら自分のことを気にしている。しかも思い起こせば愛抱夢絡みのことばかりだ。暦は愛抱夢のことを誤解しているんだ。まあふたりには色々あったし無理もない。誤解を解くには時間がかかるのだろう。

「ランガくんも赤毛くんと同意見だったら……仕方ない。僕は諦めるよ」

 らしくなくうつむき目を伏せた愛抱夢は、露骨に悲しそうな顔をしていて少しばかり焦った。だって、愛抱夢のことをストーカーだなんて思ったことなんて一度もなかったし、自分に危害を加えるなんてあり得ない。

「わかった。俺、アプリを入れるよ。暦には俺からちゃんと説明しておくから。愛抱夢は暦が考えているようなことを俺にしたりしない。むしろいつもいっぱい助けてもらっているって」

 顔を上げた愛抱夢の顔が見る見るうちに明るくなり、ランガの手を両手でガシッと挟むと、ぐいっと顔を近づけてきた。満面の笑みを浮かべて。

「それは嬉しいなぁ。ありがとうランガくん。これで僕は正々堂々と……」

「正々堂々?」

「あ、いや——なんでもない。気にしないでくれ」

 何の話だろう。まあいいか。


「なぁにぃ。インストールしちゃった……だとぉー」

 素っ頓狂な声に周囲にいた人たちの視線が一斉に暦へと向けられた。

「暦、声が大きい」

「ってゆーか、おまえさぁ。あれほど俺が愛抱夢に何を言われてもGPSアプリだけはインストールするなって忠告しただろうが」

「でも、暦が心配するようなことあり得ないって思ったんだ。便利そうだし」

「根拠はなんだよ。相手は愛抱夢だぞ。変態だしストーカーだし……」

 なぜか少しムッとした。

「そんなことないよ。そりゃ俺だって愛抱夢が暦にしたこと、腹が立ったしどうかと思うけど。ほら、チェリーも言っていたじゃないか。昔の愛抱夢にだいぶ戻ったって。スケートのアドバイスは的確で俺はいつも助けてもらってばかりだ。それに暦だって、愛抱夢が開いてくれているこのSに参加しているじゃないか。本当に愛抱夢が嫌いだったら参加しないだろう」

 暦は口を尖らせそっぽを向いた。

「それは、それ。これは、これ。だっ!」

「なんだよ。それ」

「はぁー」と額に手を当て暦は黙り込んだ。どうやって説得するか悩んでいるのかもしれない。

「そのくらいにしておけ」と大きな手が暦の肩に乗せられた。

「ジョー。だってこいつ……」

「ああ。わかっている」

「話は聞かせてもらった」と続けてチェリーがランガの隣で腕を組んで、うんうんと首を縦に振っている。

「ランガが納得しているのなら口を出すことじゃないだろう」

 暦は不満顔で「チェリーまで……」とブツブツ言い、それから顔を上げた。

「いや、でもさぁ、愛抱夢のやつこんなGPSアプリ入れなくたって、いつもランガがどこにいるかとか何をしているか知っているんだぜ。すっげー不気味じゃないか!」

「ふむ。だからだろう」

「そうだな」とジョーも愉快そうに笑いながら同意した。

「何が〝だから〟なんだよ。ふたりとも勝手に納得しているんじゃねぇよ」

「いや、いい時代だなと思って。便利なアプリが増えてきたよなぁ」

「だが暦。中には巧妙にスパイウェアが仕組まれているアプリもあるからな。前もって俺に相談しろよ」

「おい、チェリー。なんか話逸れているぞ」

「いや、便利なものはどんどん使えって話だ。何しろ昔は島と島の連絡にかがり火を焚いて相手の無事を確認したりしたんだぞ。考えただけで不便だろう。おまえたちも文明の利器はおおおいに利用し、先人たちに感謝しろよ」

「待てよ! なんかはぐらかしているだろう。ふたりとも」

 三人が何の話をしているのか、途中でわからなくなっていたけど、ふと見たスマホ画面が愛抱夢がこちらに近づいてきていることを教えた。

「愛抱夢、来たみたいだ」

 ランガはゲートに向かって走り出していた。