純白

「うわっ! なんだよこれ」

 ランガの叫び声に手もとの本から顔を上げた。

 やれやれ。声はウォークインクローゼットからか。

 隠していたわけではないのだし、いずれ自分から——とは思っていたが、予想より少しばかり早かった。だが見つかってしまったのなら仕方ないと、ウォークインクローゼットへ向かった。

 理由は分かっていたが、にっこり笑いをつくり、すっとぼけて訊いてみる。

「どうしたの? そんな大声出して。何かあった?」

 ランガは手に握っていたあるものをぐいっと前に突き出す。思いっきり眉間に力を入れた顔は怒気で赤く染まっていた。思ったよりご立腹らしい。

 ウォークインクローゼットの中にあるチェストに替えの下着やパジャマや部屋着などが収納されているランガ専用の段がある。そこから着替えを取り出そうとしたときに見つかってしまったらしい。

「これだよ、これ」

「ああ、素敵だろう。ランガくんに着てもらいたくて僕が用意したんだ。それが、どうかしたのかな」

「どうかした、じゃないだろう。このレース……これってランジェリーじゃないか」

「かわいいベビードールだろう。ほら、ごらん」とランジェリーのレース部分を指差した。

「ここ雪の結晶になっているんだ。まさにランガくんのためにデザインされたランジェリーだなって見た瞬間、天啓が降りたんだ。これは運命の出会いだと」

「だから?」

 声が冷たい。

「ああ、言い忘れた。ビキニもセットになっているんだ」

「こんなもの俺が着るわけないだろう」

 少し悲しそうな顔をして見せる。

「そのデザイン気に入ってもらえなかったんだね。残念だ。そうか。ちょっと地味だったかな。もっと過激なほうがランガくんの好みだったかな」

「いや、そういう問題じゃなくて——そもそも、これって女物だろう」

「いやだなぁ。一応、れっきとしたメンズなんだよ。男の骨格に合わせて仕立てられているから安心してほしい。ランガくんに似合うと思うよ。サイズはぴったりなはず」

 ランガはプイッとそっぽを向いた。

「イヤだ! 俺、絶対にこんなもの着ないからな!」

「え? せっかく僕が選んだランジェリーをランガくんは着てくれないの? それはショックだなぁ」

 ランガは柳眉を吊り上げ愛之介をきっと睨んだ。

「たまに——というか割と頻繁にだけど、愛抱夢が何を考えているのかわからなくなる。そもそも、俺がこんなもの着る理由なんてないだろう」

「理由はあるさ」

「どんな?」

「僕が嬉しい」

 キッパリと胸を張って答えれば、ランガは一瞬黙り、それからなんとか気を取り直したのか声を搾り出した。

「じゃ、じゃあ愛抱夢はさ……俺が嬉しいと言ったら、こんなランジェリー着るのか?」

「そんなの——もちろん着るに決まっているさ。愛するランガくんの嬉しそうな顔が見られるんだよ。僕は、なんだって——ドレスだって着ぐるみだって着てみせよう。よし! 僕のランジェリーも取り寄せてみようかな。君の好みを聞かせてほしい」

 ぬっと顔を近づければランガは跳ねるように、後ずさった。口をアワアワさせるランガに目尻が下がる。

「い、いいよ。別に俺、そんなものを着た愛抱夢が見たいわけじゃないし……」

 だろうね——と思いつつ少々わざとらしいため息を落とす。

「そうか。残念だよ。でも優しいランガくんは僕を楽しませてくれるよね?」

「むっ……」

 ランガは、イヤなことははっきりイヤと突っぱねるし自分を決して曲げないのだが、この手のある意味どうでもいい——実害のないことには簡単に押し切られてしまう。


 着替えているところは見られたくない、とランガは主張した。さらに明るいところは嫌だ、とまで。このようなフェミニンなランジェリーなどはじめて身につけるわけだから無理もないかと、もともと間接光でさほど明るくはない寝室ではあったが、さらに明るさを落とし背を向けた。

 衣擦れの音がする。それが不意に止まって、またカサカサと衣擦れの音が聞こえ——を何度も繰り返していた。慣れないランジェリーに悪戦苦闘しているのだろう。

 いい加減痺れを切らして「まだかな?」と猫撫で声で様子をうかがってみるが、ふがふが言っているだけだった。

「ランガくん。手伝おうか?」

「だ、大丈夫。こっち見ないで。見たら一生許さないから」

 おお、こわっ!

 仕方ない。黙って待っていることにする。

 やがて「いいよ」との小さな声に振り向けばランガは愛之介から距離を置いて隠れるようにフットボードの隅っこにちょこんと座っていた。

 目を見開いた。天使だ……

 からだにピタッとフィットしてボディーラインや筋肉を浮き彫りにする扇情的なベビードールとは違い、ふわりと腰から太ももまでを透かしながらゆるく覆い隠すデザインだ。純白のチュールレースには雪の結晶があしらわれていて、雪が煌めきながら彼の周りを舞いうっすらと積もりはじめている――そんな風情だった。

 なんて美しいのだろう。

 このランジェリーを見つけたとき、思い描いたとおりだ。このベビードールはランガの清楚な美貌を際立たせている。

「とてもよく似合うよ。たった今、天上から舞い降りた天使のようだ。僕のランガは」

 両腕を広げながらランガに近づき、右から左から後ろからと舐めるように全身くまなく愛でさせてもらうことにした。

「あ、あの……喜んで——くれた?」

 もじもじと恥じらいながら愛之介を上目遣いで見上げる彼と目が合った刹那、胸がキューンとした。

(僕のイヴは、何故これほどまでにラブリーなのだろう)

 ステップを踏み、踊り出したい衝動をなんとか抑える。

「ああ。もちろん。最高に可憐で魅惑的だ」

「そっか。それならよかった。なら、そろそろ着替えるね」

 何を言っている。まだ五分も経っていない。

「そんなの……ダメに決まっている。もったいないじゃないか」

「どうして?」

「それより、正直な感想を聞かせてほしい。そのランジェリーの着心地はどうかな。悪くないだろう」

 ランガはレース地を指の腹ですりすりと触れながら顔を上げた。

「うん。なんかこれ、気持ちいいね」

「そうだろう」とニッと両口角を吊り上げた愛之介を見てランガは「違う違う」と慌てて首を振った。

「変な意味じゃなくって!」

「そのくらいわかっているよ。シルクだから肌触りが良くて気持ちいいに決まっている。でも……それなら、なおのこと着替える必要なんてないよね」

「え……でも……なんか……落ち着かない」

「落ち着かないのは、はじめて着るものだからさ。時間が経てば肌に馴染んで慣れる。気持ちいいのに、わざわざ着替えるなんて——変だとは思わないかい。ランガくん」

 どうしても着替えなくてはいけない理由を探しているのか、視線がふらふらと宙を泳いでいる。

「変だと思うだろう?」と強く念を押せばランガは、ぐっと口をへの字に曲げ小さく唸った。

 理由なんて見つかるわけないだろう。

「ふふ……決まりだね。さあ、立って。鏡の前で自分の姿を見てみようか」

「え? でも……」

 ほらっと手を差し出せば彼はしぶしぶといった感じではあったが「う、うん」と自分の指を重ねてきた。

 ランガを丸め込むために屁理屈を駆使するまでもない。

 もう片方の手で肩を抱き鏡の前にふたり並んで立った。

 女の子には見えないが、限りなく中性的だ。これで頭に輪っかを乗せ、背に羽根でも生やせば完璧だと思った。とはいえ、いかにもコスプレ感満載で雑な羽根や輪っかを装備させたりしては興醒めだ。ここはやはり心の眼で見るしかないのだろう。

 ——雪を纏い僕に会うために舞い降りた天使。

「どうかな。君も見惚れてしまうだろう」

 そんな言葉に、いつものランガならば反論しているだろう。しかし、今は特に否定も肯定もせず、ただぼんやりと鏡を眺めているようだった。

 ランガの両肩を掴みくるりと向かい合う。伏せていた目が、そっと持ち上げられた。薄闇の中、彩度を失くした青いはずの瞳に愛之介が映っていた。

「せっかくだ。僕と踊ろう。ランガくん」

「え?」

「アレクサ。アルビノーニのアダージョをかけてくれ」

『はい。アルビノーニのアダージョです』

 音楽が奏でられる。哀愁を帯びた旋律だ。だが哀しい曲だとは思わない。

「さあ、ランガくん」と手を引いた。

「え? フラメンコじゃないの?」

「ここは狭いからフラメンコは無理だ」

「俺、踊れない」

 彼の手を取り、腰を抱いて踊り出す。

「大丈夫。僕がリードするから適当に合わせればいい。ステップも何もない」

 からだを密着させ頬を寄せ合い、音楽に合わせ踊る。いや、ただ抱き合い、からだを音楽に合わせ揺らしているだけともいえる。

 不思議なもので人はそのとき身につけている衣装に気分が支配され、動作や仕草もそれっぽくなる。愛之介にリードされ、無意識にしなだれかかるランガに日頃のガサツさは見られない。羞恥からくるだろう伏目がちの表情。たおやかな身のこなし。

 もっとも、このランジェリーも着慣れてしまえば平常運転のランガに戻ってしまうかもしれない。ならば今のうちに堪能させたもらうのが正解なのだろう。

 アルビノーニのアダージョの切なく感傷的な旋律に合わせ踊る。

 目を閉じれば遠くに何かが見えた。それは、雪のちらつく中、抱き合い踊るふたりの姿だった。場所は次々に切り替わり——星月夜の下、白い雪原で。都会の灰色の空の下、ビルの外階段の踊り場で。降るはずのない雪が舞う沖縄の白い砂浜で。

 ふたりは踊っている。

 それは魂を揺さぶられるようなふたりの世界。神秘的な情景だった。

 音が止んだ。なのに、愛之介に身をあずけたまま、ランガが離れる様子はない。

 彼の腰にまわした自分の手のひらをランジェリーの上でそっと滑らせた。腰から背中、そしてまた腰へ戻り、尻から太ももを撫でれば、ランガはぴくっと震え、からだを少し離した。

 彼の胸を見れば、愛らしいピンク色の乳首が白いレースの下に透けて見える。

 綺麗だなと思う。見慣れている自分でもぞくぞくするほどに。レース地の上からそっと乳首を擦った。

「あっ、ん……」

 ピクリと背を軽く反らせ小さく喘いだランガは、バツが悪そうに目を伏せた。

「どう? やはりいつもより敏感になっているようだね」

「そ、そんなこと……ない」

「あるだろう? ここは正直に白状しようよ。ランガくん」

 ランガはむっとした表情で黙り込み——顔を上げた。

「あのさ。なんか変な気分なんだ。これ着てから——って、もしかしてこのランジェリーの中に怪しい薬とか仕込んでいるんだろう?」

 素直に答えてくれたのはいいのだが、流石に内心で頭を抱えた。

 そこまで信用してもらえていないのか。思い起こせばランガが流されやすいのをいいことに、結構好き勝手して振り回していた自覚はある。そう考えれば自業自得ということなのだが。しかしだとしても、自分基準ではあるが分別はわきまえているつもりだ。流石にその手の物騒な薬は使わないし使う気もない。

「そんなことしていないし、その必要もない。変な気分ってエッチな気分ってことだね。それはシルクランジェリーのせいだと思うよ。ランジェリーを身に着けた自分の姿に興奮しちゃったんだ。実はランガくん、下着フェチだった? それとも……意外にナルシストだったのかな」

「そんなわけないだろう」

 手のひらでランガの胸や腹や尻をまさぐりながら首に唇を強く押しつけた。

「何も恥ずかしがらなくていいんだよ。シルクに愛撫されているようなものだ。気持ちいいに決まっているよね」

「ねえ……もう脱いでいいだろう」

「よくない」

 彼の耳を甘噛みしながらの声は、思いがけず上擦っていて軽く動揺した。なるほど。ランガの無自覚で無防備な色香に当てられ酔っているのは自分のほうだ。

 腕の中で落ち着かなさそうにもぞもぞしている彼は、手のひらで包んだ小鳥の手触りにも似て、あたたかくもこそばゆい。

 業を煮やしたのかランガは愛之介の腕を掴むと力任せに引き剥がそうとした。

「愛抱夢、いい加減に放せよ……」

「どうしてそんな酷いこと言うのかな。だめ。放さない」

 逃れようとランガがもがくたびに、そうはさせるかと力を込め抱きしめる。そうして腕の中に閉じ込めたまま彼が諦めるのを待った。闇雲にジタバタと暴れるしなやかな肢体の弾力をひっそりと愉しみながら。

 おとなしくなったところで後頭部を掴み唇にキスをする。それから彼を抱き上げベッドに下ろした。

「踊っていたときまで素直でいい子のいつものランガくんだったのに……どうしてそう抵抗するのかな」

「だって、これっ!」とランガはランジェリーを指でつまんで引っ張った。

「ん?」

「なんか、さっきからの自分が恥ずかしい。これなら何も着ていないほうがマシ。俺、やっぱり脱ぐから」と言うなりベッドからすっくと立ち上がり、ランジェリーに指をかけた。

 慌ててランガの両手首を掴んで、ベッドの上に押し倒す。

 頼むから萎えさせないでほしい。

「せっかくエロチックな気分だったのに……君はムードというものをまったく理解していない」

 まあ多分それは逆だ。理解しているからこそ、彼は戸惑いわざとぶち壊しにかかったのだろう。

「俺は普通にわかってる。愛抱夢がおかしいんだよ。俺にこんなランジェリー着させて興奮しているとか——こういうの……なんて……え、あ……へ、ヘンタイ……この変態オヤジ!」

 ランガの容赦ない罵倒の言葉は聞かなかったことにする。どうせただの強がりだ。ベッドマット下に収納していたレザー製手枷を引っ張り出し手首をまとめてくくりつけた。

 ランガは頭上の手首を振って金具をカチャカチャさせながら不満そうに口を曲げる。大人のおもちゃ——SEX TOYという括りの拘束具。これを使うのは随分と久しぶりだなと思う。

「さて……少しおとなしくしてもらおうか。これ以上悪態つくなら猿轡もサービスするけど。どう?」

 ランガが何か言い出す前に唇を重ね合わせた。角度を変えつつ浅いキスからディープ・キスへ。歯列を割って舌をからめ取る。深く吸えば濡れたリップ音が夜気に吸われていった。甘く熱い吐息が混ざり合う。頭の芯がクラクラした。

 ランガの全身から力が抜けたことを感じ、ゆっくりと上体を持ち上げた。

 うっすら開いた瞼から焦点の合わない青い瞳が覗き、すぐに閉じられる。まるで好きにしてくれと言いたげな表情だ。

 白いシーツに散った水色の髪をそっと指で梳きながら、間接照明の柔らかな光に照らされたランガの顔をしばし見つめる。頭が沸騰しそうだった。

 自分は欲情している。やりたい。犯したい。乱暴に犯して、逃げるからだを押さえつけて——突いて、突きまくって……

 それらの暴力的衝動を深呼吸ひとつで静め、改めて自分に差し出された肢体に視線を落とした。

 胸の丘から腹への優美なラインを白いレースがふわりと覆いセットのビキニが透けて見えた。そして太腿から続く長くなめらかな脚を辿り、爪先までゆっくり視線を這わせていく。

 喉がゴクリと鳴った。

「なにしているの?」

「視姦」

「しかん?」

 不思議そうな顔をする彼に、ニッと笑い唇を頬に落とした。

 性急にことを進めたくはなかった。頬からはじまったキスは、目尻に触れ、首筋を伝って胸へとゆっくり落ちていく。

 ランジェリーに触れている肌は、はじめから感じやすくて、つんと立った乳首をレース越しに舌で転がしたり、指で擦ってやれば、切なげな声を漏らしてランガは身を捩った。

「ふぁ……っ、あ、あん……」

「どう? すごく感じているね。気持ちいい?」

 ランガは忙しく熱っぽい息とともに喘ぐだけで応えない。

「ちゃんと口で言って。気持ちいいって」

「すごく……気持ち……いい」

「よろしい」

 やがて、いつまでたっても肝心のところへ辿りつかない緩慢な愛撫に焦れたたのかランガは腰を左右にくねらせはじめた。

「どうしたの? そんなに腰を揺らして。僕を誘っているのかな。ほしいのならちゃんとおねだりして。ランガくん」

「いじわる……わかっているくせに」

「僕はランガくんの口から聞きたいんだ。聞かせて……」

「ほしい……愛抱夢の……俺に……」

「よくできました。君のお望みのままに」

 ランガをひっくり返し、うつ伏せにした。

 ベビードールの裾をめくりビキニに指をかけ、少しだけ下ろせば白い尻の割れ目が覗く。さらに下げると丸く引き締まった尻が晒され、そのまま一気にビキニを下げ足から引き抜いた。

 ローションと指サックをベッドサイドテーブルの引き出しから取り出した。人差し指と中指にサックをはめる。サックは衛生上の観点と爪で不用意に粘膜を傷つけないために使うことにしていた。ローションを両手のひらを擦り合わせあたため、尻の割れ目に沿って指を滑らせた。静かに喘ぎはじめていた淡い色の扉へ指を埋める。中指そして人差し指と。少しずつ角度を変えつつ慎重にほぐしていく。

 ランガはきつく目を閉じて枕に顔を押しつけこれ以上声を洩らすまいと唇を噛みしめた。だが、それは無駄だ。きつく結んだはずの唇は愛之介の指の動きひとつであっけなく開く。

「あっ、ああっ‥‥う、ああ‥‥っん!」

 敏感な場所を刺激するたびに、いっそう甲高い鳴き声が薄闇を震わせた。

「いい子だ。ご褒美をあげないとね」

 もう一度ランガをひっくり返し仰向けに戻してキスをした。

 そして腰の下へ枕を置き、コンドームの上からたっぷりローションを垂らし静かに彼の中へと入っていく。そこから奧まで届いたところで、ゆっくりと漕ぎはじめた。ランジェリーに覆われたランガの悩ましい媚態を目に焼きつけながら。

 少しずつ律動を速くしていく。ベッドが小さく軋んだ。

「はっ、あっ、あん、あっ……あん」

 尻を打ちつけるピタピタという音と同じリズムで、ランガは吐息とともに掠れた声を出している。

 中で粘膜が一斉にまとわりつく。押し込むたびに先端が肉壁でしごかれ、ビリビリと痺れるような快感が走った。

 白いレースに覆われた肌が朱に染まっている。手首を頭上で固定され顔を隠すことも許されず、ただ快楽に流されているのか、とろんとした虚ろな瞳は何も映しておらず、半開きの口からは掠れた喘ぎが間断なく漏れ続けていた。

(ああ。僕だけのイヴ。純粋で無垢……それでいて淫らな天使。誰もこんなランガを知らない。魅入られずにいられようか)

 渾身の力を込めて腰を押し込んだ。ランガは呻き背をしならせ首を振る。パサッと水色の髪がシーツを叩き、カチャカチャと手枷の金具が小さく鳴った。さらに強く腰を叩き込めばランガは喉を反らし悲鳴を上げた。

 もう自分でも止められない。加減は利かない。愛之介は力を緩めることなく体力と気力が続く限り腰を動かし続けた。ゾクゾクとした快感が背をずり上がっていく。

 やがてランガは全身を震わせ、それから少し遅れて愛之介は雄叫びをとともに射精していた。


 荒く乱れた呼吸が落ち着いたころ、ランガの上にのしかかっていた上体を待ちあげた。手枷を手首から外し見下ろすがランガはじっと目を閉じたままだ動かない。手首は少し赤くなっているとはいえ傷というほどではない。

 無垢で汚れを知らない。しかし、抱かれてしまえば快楽を追うことに貪欲だ。それもランガの本質なのだろう。一瞬の気持ちよさを追い求めることに夢中になり、周囲のことは目に入らなくなる。スケートもセックスも同じだ。

 頬を撫でながら「ランガくん。目、覚めているよね」と声をかければ、目を閉じたまま「うん」と返事をする。

「今からシャワーを浴びる? それとも明日の朝にしようか」

「ん……さっぱりしてから眠りたいけど、まだ動くの面倒。愛抱夢が連れていってくれるのならシャワーにする」

 かわいらしい甘えに頬が緩む。

「そうかい。ランガくんのご要望なら応えてあげないとね」

 抱き上げれば首にするりと腕がまわされ、首に熱い吐息がかかった。


 バスチェアーにぼーっと座るランガにボディソープの泡を塗ったくり、シャワーで流した。自分も同じようにさっと全身を洗いシャワーを浴びればさっぱりとする。

 浴室から出てバスローブでからだを包む。

「さて……ベッドまで僕が抱いて運ぼうか?」

 ランガは首を横に振った。

「大丈夫。もう自分で歩けるから。それより喉渇いた。水もらうよ。愛抱夢も飲む?」

「ああ、僕の分も、ついでに頼む」

「わかった」とランガは冷蔵庫の扉を開けミネラルウォーターのをボトル二本取り出した。 

 ロング丈のワンピースタイプのパジャマに着替え、ふたり並んでベッドに腰掛け冷たい水を喉に流し込む。

 腕に重みを感じ首をひねればランガが寄りかかっていた。彼の肩を抱いて気になっていたことを訊く。

「ねえ、ランガくん」

「なに?」

「あのランジェリー着るのそんなに嫌だった?」

「ん……あ、どうせ何を言ってもバレちゃうから白状するけど」

「バレる?」

「だって、愛抱夢は俺のことならすべてわかってるって言うじゃないか」

「もちろん。ランガくんのことは、なんでもお見通しさ」

 言いながら覗き込んで見えたのは、ランガの不満顔だった。

 むすーと口を尖らせたランガも、またラブリーだ。

「じゃあ言わない。それでいいだろう……」

「君の口から直接聞かせてほしい」

 ランガは残りの水を喉に流し込むと、愛之介にちらっと視線をやり手の甲で口を拭った。

「あのさ。俺は男なのにこんなの着ろって、本当は俺が女だったほうが良かったのかなって。着てみれば落ち着かないし……で、最初は嫌だったけど……嫌だったのに……そのうち嫌じゃなくなっていたというか……良かっ……も……とか……」

 最後のほうは声の音量が下がりゴニョゴニョと滑舌も悪く何を言っているのか聞き取れなかった。顔を下に向け赤くなっているし、まあ想像はつく。

「そうか。君の口から聞けて安心したよ。でも僕は君に女装させたつもりはないよ」

「うん……」

「たまたまネットで目に止まったんだ。これを着たランガくんはきっと最高にラブリーかつエロチックだろうと思うといてもたってもいられなくて、取り寄せたんだ。実物を見て想像していたものと違っていたら君には着せなかった。けれど想像していた以上に君のためのランジェリーだったよ。ふふふ……僕の見立ては確かだろう」

「そうなのかな」

「気に入ってくれたみたいだし、これからも着てくれそうで嬉しいよ」

「ちょっと待って。誤解しないでほしいんだけど。俺、やっぱり普通が一番なんだから。わかってる?」

「もちろん、それは理解しているつもりだよ。それなら気分転換って考えればいい。人生には刺激も必要だと思わないかい? それに、何より……この僕が悦ぶんだ」

「え、あ……まあ……たまになら……いいよ……」

「ありがとう。ランガくん。また良さそうなランジェリーがあれば取り寄せよう。次は黒のシルクサテンなんてどうだろうか。堕天使的で素敵だろう? それとも濃いブルーかな」

「ええ? そんなに何枚もいいよ。もったいないし」

「遠慮しないで。僕が自分の幸せのために好きでやっているんだから。ああ、また人生の楽しみが増えた」

「あれさ、シルクなんだよね。洗濯機で洗うわけにはいかないんだろう?」

「繊細な素材だからね。基本手洗いだよ。ランジェリーにはシルク専用洗剤とお手入れ方法のリーフレットがついていたな……まあ忠にやらせておけばいいか」

「え?」と焦った様子でランガは身を乗り出し、愛之介の膝に手をついた。彼の顔が迫ってくる。

「それはやめようよ。ちゃんと俺が明日洗うから! リーフレットあとで見せて」

 忠なら気にしなくていいと思うのだが……まあ、自分で洗うというのならそれがベストなのか。

「ふむ。わかったよ。君に任せよう」

 ランガは安心したように息をつき体勢を戻した。

 愛之介の肩に彼の頭がことんと乗った。気分を落ち着かせてくれる重みと温度だ。

「愛抱夢……」

「ランガくん?』

 見ればとろんと眠たげだったランガの目が、だんだんと閉じていく。無理もない。今日は疲れたのだろう。肉体的にも精神的にも目一杯消耗させてしまった。

 そっとランガをベッドに横たえ布団を掛けた。指で顔にかかった髪をどける。まるで遊び疲れて眠ってしまった子どものような寝顔だった。ついさっき自分に犯されていたランガの淫猥さを思い出して愛之介は苦笑した。

 水色の髪を額からどけキスをした。

「おやすみ。ランガくん。明日は思い切りスケートで愛し合おうね」