空耳?

「愛抱夢はクリスチャンってわけじゃないんだよね」

 ふとランガが訊いてきた。

「そうだね」

「そうか……」

「日本人のキリスト教徒は一パーセントくらいなんだ。かといって排除しているわけじゃなくてクリスマスを祝ったりするしね。大晦日には寺での除夜の鐘、翌日の初詣には神社にお参りに行く。七五三にも神社で祈祷してもらう。結婚式は教会で挙げる人も多いし、神式も多い。でも葬式は仏式が多いんだ。日本人は寛容——いや、節操ないのかも」

 愛之介は笑った。

「日本人は無宗教なの? 母さんも暦も無宗教だって言っていたし」

「もしかすると日本人は自分たちが信じているものが宗教だって自覚がないだけなのかもね。信仰というより習慣とか生活の中に根づいているから意識しないんだ」

「なんか、よくわからないな」

「精神的には神道が日本人の身に染みついているのかもしれない。沖縄は琉球神道で本土のとは少し違うけど、神道は八百万の神っていうくらい神様がたくさんいるんだよ」

「やおよろず?」

「八百万ってこと」

 ランガは目を丸くし指を折りはじめた。いや、いくらなんでも指では数えるのは無理だろう。

「そんなにたくさん神様がいる?」

「実際はもっと多いかな。八百万って、無限という意味だからね。正確な数を表しているわけじゃない。ただ神様といっても一神教の神と違って精霊に近いのかもね。日本ではありとあらゆるものに神が宿っているんだ。太陽や山や川や海や風、草木などの自然。沖縄の信仰だと人間も死んでから七代目くらいになると祖先は神になるっていうしね。それらに感謝し恐れ敬うんだ」

「なんか不思議」

 神は万能ではないし、絶対的な真理でも善でもなく、悪い神——祟る神もいる。そのあたり説明していくと時間がいくらあっても足りない。何より自分の知識も足りないのだ。

「他にも大切にしているものなんかにも神は宿るって言われている」

「え? もしかしてスケボーにも?」

「もしかするとね。でも、どうしてそんなことを訊いたんだい?」

「ほら、愛抱夢ってさ。〝アダムとイヴ〟にやたら拘っていたから、もしかしてクリスチャン? って最初思っていただけ」

 なるほど。〝アダムとイヴ〟は愛のモチーフだ。切り離すことが不可能な運命の伴侶——

「アダムとイヴか……似たような神話や伝説は世界中にあるけど、ここ沖縄にもあるんだ」

「そうなの?」

 そう、それはこんな話だ。


 まだ沖縄に人がいなかった大昔、空から裸の男の子と女の子がある島に落ちてきた。

 ふたりは島の小さな洞窟で暮らすことになる。

 神はふたりのために空から毎日餅を降らせた。その餅をふたりは食べていたが「もし餅が降ってこなくなったら……」という不安からか餅を余らせこっそり保存することにする。そんな知恵がついたのだ。

 そのことに気づいた神は餅を降らせることをやめてしまう。

 ふたりは餅を降らせてくれるよう祈ったけれど餅が降ってくることは二度となかった。

 最初のうちは蓄えた餅を食べていたのだが、やがてその餅が尽き、ふたりは自分たちで食料を手に入れるしかなくなる。そこで海に入り魚などを自分たちで食べものを獲ることにした。

 そんなある日、ふたりはジュゴンが交尾をするところを見てしまう。そこではじめて男女の体の違いに気づき、急に恥ずかしくなったふたりはクバの葉で局部を隠した。

 それと同時に子供を作る方法を知ることになった。

 沖縄の人々はその男の子と女の子の子孫だという。


「……という話さ」

「へえ。ほんとよく似ているね。沖縄のなんていう島?」

「古宇利島。島といっても今は本島と橋で繋がっているから船に乗らなくても行けるよ。行ってみたい?」

「うん、行きたい」

「じゃあ、一緒に行こうか。恋人のためのパワースポットとも言われているしね」

 そのとき、確かに声が聞こえた。

 ——君たち。やっと来る気になったんだね。待っているよ……