ため息

「あ……やっぱり、なかったんだ」

 ベッドサイドテーブルの引き出しの中をゴソゴソと何やら漁っていたランガが酷く落胆しているような様子でため息を落とした。

 風呂上がりのバスローブ姿で缶ビールを取り出そうと冷蔵庫の扉を開けた愛之介は声のする方へと振り返った。

「何がなかったって?」

「コンドーム。全部使っていたのすっかり忘れていた。随分と前のことだったし。うー。こんなタイミングで、なんで買うの忘れていたんだろう……はぁ……」とまたもや大きなため息をひとつ。

「そうか。それなら別にやらなくてもいいんじゃないかな? 深く愛し合う方法なんていくらでもある。コンドームは、次回のために通販で注文しておこう」

「わかった。久しぶりだから少し残念だけど」

「そんなふうにため息をつかないといけないほど残念だった?」

「そう言われてみると……どうだろう」

 ランガはしきりに首を傾げている。

 だいたい男同士の挿入を伴うセックスなんて事前の準備が手間だし、その労力と得られる快感、何より肉体に対するリスクなどの収支を考えると疑問を持たないこともない。そもそもふたりともたまに繋がれればいい——くらいの感じだったのだし。今回たまたま愛之介が超多忙だったため、ずっとすれ違いの毎日で久しぶりにゆっくり過ごせる時間をつくれたから、あれもこれもと、つい欲張ってしまいたくなるだけの話だ。

「僕はどっちでもいいんだ。君とイチャイチャできて、頭のてっぺんからつま先まで存分にランガくんを味わい尽くすことができて愛してあげられればね。お互い気持ちよくなる方法は他にもたくさんあるし。ふふ……だからこそ新しい遊びやまだ使ったことのない玩具を試してみるのも刺激的で素敵だと思わないかい?」

 ランガの肩をグイッと抱き寄せれば、肩にことりと彼の頭が乗った。

「オーラル用のコンドームはまだ沢山あるんだ」

「では、ふたりでしゃぶり合おうか。シックスナインとかね」

 ウィンクをして見せればランガは肩を震わせクスクスと笑った。

「そういえばさ」

「ん?」

「信頼し合っているパートナー同士なら病気の心配もないし、男は妊娠しないのにどうしてつけるのかって訊いたら、おなか壊すこともあるからって言っていたよね。でもトップ……えっと……タチだったっけ?」

「通じるからどっちでもいいよ」

「うん、そのタチの人も尿道炎になったりするかもしれないよね……」

「調べたのかな?」

「母さんが教えてくれた」

 ぶっ……思わず口にした缶ビールを吹きそうになり、顔を上げランガの顔をまじまじと見れば、彼はなんでもないような涼しい顔をしている。

 恐る恐る訊いてみた。

「まさか……そんなことお母さんに相談したの?」

「ん? あ……そうじゃない。世間話? っていうのかな。なんとなくそんな衛生についての話になっただけで具体的に何かの行為の話じゃないよ」

 ほっと胸を撫で下ろした。

「そうか。君のお母さんは看護師だったかな」

「うん。仕事柄そういった話を普通にしちゃうんだよね。入院患者のお尻に指突っ込んで座薬入れたり尿道カテーテル入れたりすることもあるとか。そんな話をしてくれるんだけど、俺と話していることを意識して急に真顔になって慌ててみたり……」

 思わず笑みが溢れた。

「可愛らしいお母さんだね」

「そうなのかな。母さんとよく話すようになったのは沖縄に来てからなんだ。男同士というのもあって、俺は父さんの方が話しやすかったし。変わった子だったらしくて、母さんは俺をどう扱っていいかよくわからなかったって」

 たまにランガの話から垣間見える彼と両親の関係は優しくあたたかい。それは聞いている自分をも幸せな気分にしてくれるのだが、それと同時にチクリと胸に軽い痛みが走る。自分には決して与えられなかったものに対する羨望なのだろう。

「母の日が近かったね。カーネーションを贈るんだろう?」

「うん」

 愛之介は毎年、母親代わりの伯母どもにカーネーションを儀礼的に贈っている。

 でも今年は——

「僕もランガくんのお母さんに花を贈りたいな」

 ランガは目を丸くし、愛之介の顔をじっと見つめてくる。

「俺の母さんに? どうして?」

「僕には母親がいないからね。君のお母さんは……ほら、僕にとって義理の母になるだろう?」

 自分は何を言っているのか。本心ではあるのだが色々と端折りすぎだ。

「そうか……俺、気がついてあげられなくてごめん。愛抱夢はお母さんがいなくて寂しかったんだね」

 え……?

「じゃあ、俺、今度帰ったとき母さんに頼んでみようか。愛抱夢のお母さんになってあげてって……」

 それでは結婚を許してもらう挨拶——報告? になってしまう。しかし、ランガは大真面目だ。少し慌てた。

「いきなりそれだと、君のお母さんがびっくりするよ」

「そうなのかなぁ」

「そう、焦らず少しずつね」

 ランガの唇にキスをすれば、彼は素直に頷いた。