夕焼け

 珍しく——というか初めてふたり一緒に東京へと帰ってきた。たまたまそういったタイミングだっただけのことなのだが。

 ランガが沖縄の実家へと帰省するのは年に三回ほどだろうか。愛抱夢は仕事柄もっと頻繁に沖縄と東京を往復していた。シーズンによっては週のうち東京と沖縄それぞれ半々の滞在になったりもする。

 それにしても〝沖縄に帰る〟も〝東京に帰る〟のどちらでも〝帰る〟としか言いようがない。

 沖縄の実家に帰ったとき母である菜々子はランガの顔を見るなり「おかえりなさい」と言ってくれる。おかえりと言われる前に「ただいま」と口にすることもある。

 その沖縄から、東京で間借りさせてもらっている愛抱夢の住むマンションに戻っても「おかえり」と愛抱夢は両腕を広げ抱きしめてくる。

 母さんも愛抱夢も、「いらっしゃい」とは言わない。だからどちらに対しても「ただいま」という言葉を口にすることがごく自然のことなのだろう。


「ランガくん。君はこのあとの予定入っていなかったよね?」

「うん。何も……」

 夕食にはまだ早い。お茶でもするのかと思っていたら——

「羽田空港の展望デッキ行ったことないだろう? ちょうどよく晴れているからね。なかなかいい眺めだよ」

 愛抱夢はそう提案してきた。特に異論はない。

 屋上にある展望デッキは開放感にあふれていた。太陽はすでに傾きかけていてオレンジ色の夕陽を浴びた旅客機が離発着を繰り返す。ここからの見晴らしが目的なのだろう何やら本格的なカメラを構える人ががちらほら。飛行機マニアなのだろうか。

 陽が地平線へ差し掛かるとともに、東の空からゆっくりと闇に侵食されていくのだが、西空はまだ明るく朱に染まっているのだ。遠くに見えるあの特徴的な山はもしかして……

 ランガの心を読んだかのように愛抱夢が答えた。

「富士山だよ。ここからの方角は西を向いているんだ」

「やっぱり……随分、遠くまで見えるんだね」

「富士山のあるところまで晴れていればね。冬には白く雪化粧した富士山が見えるよ」

 愛抱夢はランガに視線をむけ「ここ東京の景観もまんざらではないだろう。沖縄とは違う趣がある」と言った。

「そうだね」

 大都会東京であってもコンクリートのビルしかないわけではない。小さいながらもそれなりに緑あふれる公園はけっこうあるし、沖縄のエメラルドグリーンの透明度には程遠いとはいえ、東京湾があってそこで漁れる魚は味がよく江戸前と言われ寿司のネタや天ぷらに珍重されるとか。

 それと都会の空はもっとくすんだ色かと思っていたのだけど晴れた日の空の青さは沖縄に負けないのだと知った。

「今日は晴れていたし湿度も少なく空気は澄んでいたからね。ここからの眺めを楽しむには絶妙のタイミングだと思ったんだ」

「素敵な景色を見せてくれてありがとう。愛抱夢」

 愛抱夢はランガの肩を抱き歌うような口調で続けた。

「最高だね。やはり僕たちの普段の心がけがよかったんだ。まるでふたりの愛を祝福しているようだと思うだろう?」

 目を細める愛抱夢の無邪気さに、相変わらず大袈裟で何を言ってる? となったけどまあ慣れたし、それ以前に何故か素直に納得している自分がいる。

 だから、同意の言葉のかわりに、彼のからだにそっと体重をかけ寄りかかった。

 ふたりの一番近くにいた、この壮大なパノラマにカメラを向けていた人が「マジックアワーだな……」とひとりごちると連続してシャッターを切り出した。

 ああ、わかる。この美しい色彩には誰れもが心奪われる。

「ふふ……戻ってきたね。僕たちの東京に。おかえりランガくん」

「ただいま。そして……おかえりなさい。愛抱夢」

 愛抱夢は笑みを深くして「ただいま」と肩を抱く指に力を込めた。