秋桜

「わぁーすごい!」

「待って、ランガくん」

 いきなりボードを地面に置き滑り出したランガのあとを、やはりスケートで追った。

 ランガの向かう先、道の突き当たりから一面に花畑が広がっているのだが、確かコスモス園があったと記憶している。

 仕事がひと段落したタイミングでスケジュールをやり繰りして、なんとか時間をつくり高原にある温泉への二泊旅行へとランガを連れ出していた。多忙を極めていた愛之介が束の間の休息を得たかったというのもあるが、ランガの「温泉はくさい」などというネガティブなイメージを払拭してもらいたいという狙いも大きい。

 東京ではまだまだ残暑が厳しく冷房は欠かせないのだが、それでも長くなった影と素肌を刺す陽光の穏やかさが秋の訪れを教えてくれる——そんな初秋のことだった。しかし、高原の空気は東京と違い冷涼で夏の名残はすっかり消えていて、澄んだ空の青さはすっかり秋を思わせてくれる。

 入口の前で立ち止まる彼に追いついて、後ろから声をかけた。

「コスモス園だ。入ろうか。でも中でスケートはダメだよ」

 振り返ったランガがむっと唇を尖らせた。

「俺を非常識な人間みたいに言わないでくれない。そのくらい、わかってるよ」

「それは失礼したね」

 チェックインまでの空いた時間で、コスモス園をふたり並んでそぞろ歩いた。

 コスモス園には、コスモスのありとあらゆる品種が網羅されていると豪語している。確かに淡いピンクから濃いピンク、深い紅色、白、黄色、オレンジ色。さらに単色の花だけではなく、花びらの外側が濃いピンクで内側になるに従って淡いピンクのグラデーション。花びらの形も花の開き方も個性があり、コスモスとはこんなにたくさんの品種があったのかと感心する。

 そんな花畑を背景に興味津々な様子で目を輝かせるランガにスマホのカメラを向け連続してシャッターを切り続けた。

 スケートをするランガはもちろん良いものだが、やはり滑る姿の素晴らしさを堪能するには動画に限る。しかしスケート以外の彼のクルクルと変わる表情を捉えるには写真一択だ。ぼやぼやしているとラブリーな表情は瞬時に消える。つまりそれは一瞬の輝きなのだ。

 だから、その瞬間を逃さないためには、レンズを向けひたすら連写するしかない。

 ランガが愛之介を見て、不満げに眉を寄せた。

「なんで俺ばかり撮っているんだよ。一緒に撮ろうよ」と言うなり、愛之介にピタッとからだを密着させ腕をグッと伸ばし、スマホをふたりに向けシャッターを押した。

 その一枚で納得したらしく、それからは自由気ままに花を見て歩いている。愛之介もそんなランガに再度スマホを向けた。

 コレクションの数は、あればあるに越したことはない。あーんなランガくんやこーんなランガくんが増えていくのだ。これは誰に見せることもないプライベートな楽しみだ。

 コスモスって色々な色の花が咲くんだ。あのコスモスの花の色って愛抱夢の瞳の色と同じだね。あ、蝶が飛んでいる。などと子供のようにはしゃぐ——って、彼はまだ十分子供だと思っている。

「テントウムシがいる」

 ランガは屈んで白いコスモスに顔を近づけた。テントウムシを観察しているのか、しばらくそのままじっとしていたかと思っていたら「愛抱夢……」とゆっくりと振り向いた。が、なぜか寄り目になっている。

 思わずそんな彼にスマホを向けシャッターを押す。

 カシャ……小さな音が鳴り、それと同時にランガの鼻の上でテントウムシが羽を広げ飛んでいった。そのテントウムシをふたりは目で追いかける。テントウムシはオレンジ色の陽の光をキラキラと反射させながら秋空の下やがて見えなくなった。