銀の指輪

 カフェでお茶を飲んでいたときのこと、愛抱夢はブランドロゴがあしらわれた小さな紙袋をランガの前に置いた。

「ん?」

「プレゼント」

 紙袋の中を覗けばのリングケースらしき箱がある。取り出して開ければ案の定、指輪だった。大袈裟な指輪ではなく銀製のファッションリングだ。でも——

「気持ちは嬉しいけど。俺、指輪なんてつけないよ」

「知ってる」

「じゃあ、どうして」

「なんとなく。デパートのショーケースに飾ってあってね。指輪が僕に語りかけてきたんだ」

「は?」

「それも君の声でね」

 何言ってるんだ? この人——と思わず愛抱夢の顔を凝視した。

「意味わからない」

「だから『買ってー、買ってー。俺を買ってよー』って君の声で僕に訴えてくるんだ。それで買わないわけにはいかない——そう僕は思ったんではないかな。たぶん」

「たぶんって、なんで人ごと?」

「うん。気がついたらそこのブランドの紙袋とカード支払いの控えを手に持っていたんだ。不思議だったよ。記憶にないのに」

「愛抱夢……なんか、めっちゃ疲れている? ストレスがすごいんじゃない? ドクターに診てもらったほうがいいよ」

「それさぁ、雪の結晶が透かし彫りになっていて綺麗で繊細なデザインだろ? 君のイメージだったんだ。だからだと思うんだ」

「そんなこと言われても……」そのときリングケースに収まっている指輪を見ていて、あることに気がついた。「ちょっと待って、これ女性ものじゃない? どう考えても男の指には無理だよ」

「そうだよねー」

 わかっていたのか。

「どうするんだよ。これ」

「ランガくんに任せるよ。人にプレゼントするなり捨てるなり好きにしていいよ。銀製だからそんなに高くないし」

 まったく無茶なことを言う。

(俺が捨てたり誰かにプレゼントしたら、どうせ悲しそうな顔をするくせに)

「このブランドって俺でも知ってる。銀でもかなり高いと思うんだけど。それに、あんな話聞いちゃったら粗末にできないよ。愛抱夢は世話になっていて、お礼にプレゼントしてもいい女の人っていないの?」

「世話になっている女性はいるけど、指輪は、さすがに誤解をあたえてしまうからまずいよ」

「誤解って?」

「お世話になったお礼という意味で女性に指輪を贈る男なんていないよ。たとえ銀だったとしても」

「そっか。指輪は特別だったよね。女性に指輪をあげるのなら本当に好きな人じゃないとダメってことか……」

「ランガくんにはいないの? 本当に好きな女の子」

 そんな人いないって、わかっていて揶揄っているんだ。付き合っているんだからお互いいるわけ……いや——

「いる……」

「え? いるの?」

 愛抱夢は勢いよく立ち上がった。椅子がガタンと鳴り、テーブルに手をつきながらぬっと顔を近づけてくる。

 あれ? 勝手に誤解している。まったく。愛抱夢は軽口のつもりだったんだろうけど、そんな顔をするくらいなら言わなければいいのに。

 もちろん、いるのは嘘じゃない。でも——

「うん。女の子じゃなくて女の人——感謝していて大好きで……愛している」

「愛して……」そう言ったきり、愛抱夢は口をアワアワと動かしていた。何も声を発せられないらしい。ランガはクスッと笑った。

「母さんだよ」

 言えばホッとしたように椅子に腰を下ろした。

「心臓に悪い。僕を揶揄ったのかな」

「揶揄っているわけないだろ。本当のことなんだから」

「ああ、でも、君のお母さんにプレゼントするというのはいい案かもしれない。君から贈られた指輪なら大切にしてくれるだろうし」

「でも母さん、結婚指輪くらいしかしないから……」

「それならシルバーのリングホルダーも一緒にプレゼントしたらどうかな。指輪をペンダントトップにすることができるんだ」

「へえ愛抱夢、詳しいね」

「知人が指輪をペンダントにしていて、そんなことを聞いたことがある」

「でもこんな高いブランドもの俺が買うなんて不自然だよね」

「リングホルダーだけならそんなに高くないから、君はそれだけ買って指輪はビンゴとかゲームで当たったとでも言っておいたらいいだろ」

「なるほど。でも母さんに嘘つくのも……」

「それなら、あるタイミングで種明かしをすればいいんだ」

「あるタイミング?」

 愛抱夢はニッと笑って指をクイっと「こっちきて」というハンドサインを作ってきた。顔を近づければ耳元に口を寄せ小さく囁いた。

 ——僕たちが婚約したときだよ。