可愛い悪戯

 愛之介は年下の恋人を甘く見ていた。

「えーと」

 何やらランガが手間取っている。

「ランガくん——ストラップが捩れている……」と言いかけた愛之介の口をランガは強引に猿轡で封じた。

「気が散るから愛抱夢は黙ってて」

 さっきから手元の道具と睨めっこして、悩み考え込んでは手が止まる。その都度見るに見かねてアドバイスをしていたら、鬱陶しい口出しと思われたらしくこうなった。

 それでも四苦八苦しながらランガはなんとか作業を終えたらしく「できた!」と嬉しそうにニコッと笑った。なんてかわいい笑顔なんだ。

 実は当初の予定からするとひとつ、やり忘れていることがあるのだが、わざわざ教えてやらなくていいだろう。というか猿轡されたこの有様では伝えようがない。


 さて今の状況を説明しよう。

 愛之介は下着一枚の姿で、四肢をベッドに固定され猿轡まで噛まされている。この部屋には愛之介とランガのふたりだけ。もちろんこの作業をやったのはランガだ。彼が「今度は俺にもやらせて」とおねだりしてきて、それがあまりにもラブリーだったので自発的に協力した。

 ところがベッドの上に拘束し終えた愛之介を見てランガは眉を寄せ、何か難しい顔をして顎に指を添え首を傾げている。

「ウガ……フグォ……ギィイ……ンゥォグゥウーー(何をすればいいのか、わからなくなったのかな?)」

 と口出しをしてみたものの、猿轡をされている現状ではまともな言葉にならない。

 いつまでこの状態で放置するつもりなのかな? とも訴えたいのだが。どうしたら伝えられるのか——って、どうしようもない。

 とりあえず今の愛之介は〈まな板の鯉〉だ。ランガが機嫌を損ね、このままこの別荘を後にして帰宅してしまえば、愛之介は明日忠がここに様子を見にくるまでベッドにくくりつけられたままだ——それ以前にこんな恥ずかしい姿を忠に見られてしまうのだ。

 背中に冷たい汗が吹くのを感じた……ような気がした。いやいやランガくんはそんな薄情な子ではない。

 と、そのときランガは何かを思いついたのか「そうだ」と言いながらサイドテーブルの上に置かれたスマホを手に取った。

 嫌な予感がした。

「暦……」

 ぽつりと口にした彼の親友の名にゾッとする。

 まさか相談する気なのか?

「ンガ……フゴ……」

 そんな愛之介を「もう。何言っているかわからないんだから愛抱夢は黙ってて」とランガは一瞥した。

「暦には無理だよね……」

 愛之介はウンウンと一生懸命、首を縦に振った。

「シャドウや実也は論外だし。チェリーは知っているかもしれないけどあまり適任じゃないような気がする。なんでかな。うん。ここはジョーか……ジョー以外考えられない」

 答えが出たようだ。その結論はおそらく正しい。正しいのだが……そもそもアドバイスを他人に仰ぐことそのものが正しくない。

 頼む……やめてくれ。それだけは——とウゴウゴしながら必死で目でも訴えてみたものの、もちろん伝わるわけがない。

 ランガは愛之介に視線を向けることなくスマホを耳に当てた。

「あ……ジョー?」

「ンガーンゴォ……ンガギィ……フガフガ(頼む。やめろ。やめてくれ)」


 結論からいえば、なんとか事なきを得た。

 電話をした時点でジョーから。忙しくて手が離せないと言われたらしい。考えてみれば一番忙しいだろう時間帯だった。また明日相談に乗るということでまとまったらしいのだが冗談ではない。明日だろうが明後日だろうが相談されては困る。

 両手首足首から拘束具を外され、次に猿轡を外された。解放された愛之介は大きく息を吸って吐いた。

「大丈夫?」

 覗き込んだランガの頭に手を置いた。

「心臓が止まるかと思ったよ」

「どうして?」

「どうしてって、僕たちのこんな関係を外に漏らすわけにはいかないよ。だから明日になっても相談しないこと」

「バラす気はなかったよ。愛抱夢の名前は出さないつもりだったし……」

「それでもジョーは勘がいい。すぐに気づいてしまうだろう」

「そっか。ごめん」

「ランガくん。ひとつ約束してほしい。ここから誰かに電話をするときは、必ず僕に確認を取ってからにして。君はまだまだ無防備で危なっかしい」

 ランガは「わかった」と目を伏せた。

「いい子だ……ところで君は僕をベッドに括りつけて満足したの?」

「うん。満足したから次にやりたいことがなくなって、何をしていいのかわからなくなった。俺がやらせてって言ったのに、なんか迷惑かけちゃったね。お詫びに何かできることある?」

 体を寄せてくるランガの腰を抱いた。

「詫びなんていらないよ。でも敢えて言えば……今夜は普通に君を抱きたい。どう?」

 ランガは愛之介の裸の胸に額を押しつけコクリと頷いた。