待ち合わせ
夏休みも残すところあとわずかだった。
ファストフード店の二階席。スマホをいじりながら呼び出した男を待った。
「待たせてすまなかった」
上から降ってきた声にスマホから顔を上げる。トレイにコーヒーを乗せたスーツ姿の男が立っていた。
「そんなに待ってねーよ」
「そうか」
それにしても、こんなところまで地味で辛気くさいスーツかよ。少しはTPOわきまえろってんだ。
「——それ、制服? キャップマンやってないとき、いつも同じスーツ着てるよな」
男は眉を顰め向かいの席に腰を下ろした。
「制服のわけないだろう。それにいつも同じスーツを着ているわけではない。色はほぼモノトーンだが生地素材とかは違うんだ。見るものが見れば毎日違うスーツを着ているとわかるものだ」
「へえ。見えねぇ」
「君はそんな世間話をするために私を呼んだのか」
「んなわけねえだろ」
「まあ大方見当はついている——スノーのことだろう」
「なら話が早いや。で、どういうことだよ! ってゆーかどーなっているんだよ」
「君はどこまで知っている——いや、スノーからどのような説明を受けたんだ」
「それがよーあいつ要領得なくて——愛抱夢に監禁された。母さんにはちゃんと許可もらってる。ご飯おいしい。楽しくスケートもしてる。監禁終わったらまた滑ろう!——ってな感じ」
ほんと何考えているんだよ。ランガだけじゃなく愛抱夢もだっ! 頭のおかしい天才同士の思考にはついていけねえ。
「ふむ。間違ってはいない。極めて的確だ。それで納得してくれ」
「待て。納得なんてできっかよー!」
「では私はこれで失礼す……」
男が席から立ちあがろうとするのを見て、慌てて身を乗り出し、テーブルの向こう端まで伸ばした手でスーツを掴み引き留めた。
「おい。逃げるなよ」
男は浮かせかけた腰をもう一度落として、わざとらしいため息をひとつ吐いた。
「私にこれ以上何を説明しろと君は言うんだ」
「洗いざらい吐いてもらう」
「洗いざらいと言われても困る。君から質問してくれれば答えられる範囲で答えよう」
「それなら最初にだ。愛抱夢はランガを強引に拉致して車のトランクとかに押し込んで、誘拐したわけじゃないんだな?」
「愛抱夢がそんな乱暴なことをするわけないだろう。まったく。君はおかしなドラマを見過ぎているようだ。もちろんスノーは納得している。同意の上だ」
「ランガの言っていたことはほんとか? 近くで誰かが監視していて脅迫されて言わされたってことはないのか?」
「それはない」
「断言できるのか。証拠は」
「物的証拠なんてあるわけないだろう。私の言っていることが信じられないというのなら、これ以上話しても無駄ということになるのだが」
確かに。そこまで嘘を吐きそうな男にも見えなかった。ということでここまでは信じてやるしかないだろう。
「それもそうだな。じゃあ、目的は何だ。愛抱夢は何のためにこんなことをした?」
「それはだ。ここのところずっと主人——いや、愛抱夢は表の仕事が忙しかった。責任も重く大変なストレスがかかっていた。それからやっと解放され少し時間ができた今、とにかく癒されたかったのだ。癒されて次の仕事への英気を養いたいと思っても不思議はなかろう」
「待て待て。それとランガを監禁することとどう繋がってるんだ。どう考えてもカンケーねーだろ」
「そうか。君の中では繋がらないのか——ふむ」
男は顎に指を当て何か考えているような素振りを見せた。
「おい。俺がまるで頭悪いみたいな顔してるんじゃねーよ」
「それは誤解だ。一般論でだが——例えばだ……ペットがいるとしよう。ネコとか。心が疲れているとき、ふわふわのペットをもふもふしていると癒されるという話を聞くだろう?」
「あ、ああ。それとどういう関係が?」
そう疑問点を問えば目の前の男は口を曲げて、思いっきり困惑したような顔をしている。
「参ったな。ここまで説明しても理解できないのか」
「あんた、ほんっとうにムカつく言い方をするやつだな」
「すまない。悪気はないのだが。君くらいの年頃の子と話す機会がなくてね。どう説明すればわかってもらえるのか言葉を選ぶことが難しいんだ——」
「そりゃどうも」
「つまりスノーは愛抱夢にとってネコやイヌみたいなもの……と言えば分かりやすいだろうか」
「はぁ? 今度はイヌネコ扱いかよ!」
「語弊があったな。癒されるという一点においては、だ。あまりにもストレスでいっぱいいっぱいになっている主人を癒すために、バイト先が休みになるというお盆の間プラスアルファのタイミングで彼を雇った……とでもいえば君は納得してくれるか」
確かに〈DOPE SKETCH〉もお盆ということでまとまった休みに入っていた。岡店長の実家も喜屋武家も親族揃ってのお盆行事を控えているのだから店を閉めるしかない。観光客ターゲットの店以外は休むところが多い。
「バイトってことか」
「こちらとしてはそのつもりだったのだが彼はそんなのいらないという。それでもバイトを一日休ませてしまうのだから――ということでその分は受けとってもらえることになった」
確かにあいつ自分から休みをとっていたな。
「ランガは毎日何してるんだ。俺に報告した通りなのか?」
「そうだ。それ以外でも、学生の本業だからと勉強は毎日きちんとしてもらっている。これのせいで成績が落ちたとなれば親御さんに顔向けできない——というわけだ」
そんな会話をしながら一番知りたかったことについて、どう質問すればいいか暦は迷っていた。
そもそもなんて切り出せばいいのだろう。そこで普段使わていない脳みそをフル回転させ考える。
(こいつは頭の硬い社会人だ。 ならば「ランガは性被害を受けてませんか?」と質問してみるか——いや、これだと「うちの主人を性犯罪者扱いするな」とか怒り出しそうだ。なら冗談っぽく「ランガはなんかエッチなことされたりしていないよな?」なんて——これもだめだ。いくらなんでもストレートかつ軽すぎる。「間違えが起きたりしてないのか?」なんてどうだろうかと思ったが、これだと「間違いとはなんだ?」などと真顔で突っ込まれても困る)
「どうした。黙り込んで。顔がなんか赤いが具合でも悪いのか?」
「そ、そんなことはねーよ。た、ただ……」
馬鹿。俺。この先の言葉なんて何も準備していない。 意味もなく唇を尖らせ口内でモゴモゴさせることしかできなかった。
ふっと小さく笑う声が聞こえた。
「安心しろ。君が心配しているようなことは何もない」
見透かされたか。
それでもこいつがそう言うのならそうなのだろう。そう思うしかないんだ。何より今の自分がこれ以上できることは、何もない。悔しいけどそのくらい自分はまだ子供だ。
そんなことわかってる。わかってるけどよー、なんか納得できない、モヤモヤする。
顔を上げれば、男がうっすらとした笑みを浮かべていた。
ムカっとした。
「なにニタニタ笑っているんだよ」
「失礼。君はもしかして長男か?」
「妹三人の長男だけどそれがどうかしたか?」
「君はさぞかし面倒見のいいお兄ちゃんなのだろう」
「はぁ?」
なんでいきなりそんな話題になるんだ?
「スノーだけではなく、中学生プロスケーターの実也って子に対する態度を見ていてもわかる。ただ、スノーは君の友人で同級生なのだろう?」
「まあね」
「ならば少し過保護過ぎないか?」
「べ、別にそんなつもりはない」
慌てて否定するも痛いところを突かれた。確かにこれを指摘されることはそこそこある。もちろんチェリー、ジョー、シャドウあたりからだ。
「過保護という言い方が正確でないのなら過干渉というのだろうか」
言い換えてくれたところで大差ない。
「だってランガは、まだ沖縄きてそんな時間は経ってねえしSだって俺のほうが先輩だし——そ、そりゃあ滑りはあいつの方がすげーけどよ」
我ながら歯切れが悪いったらありゃしない。
自分と妹三人との四人兄妹。おまえは長男なのだから妹たちの面倒を見て守ってあげなさいと言われ続けた。危険な目に遭わないよう目を光らせる。それが当たり前だと何の疑いもなく身に染み付いてしまった。
「友人をもっと信頼してやるんだな。スノーは君が思っているよりずっとしっかりしているし強い。そもそも本気で愛抱夢と殴り合うことに躊躇のない人間など初めて見た」
「そっか」
もうこいつから聞き出すことなど何もないのだろうと理解する。
「さて、今日私が話したことは君の胸の中だけにとどめておいてほしい」
「はじめっからそのつもりだよ」
「口止め料を渡そうとしても君は受け取らないだろうな」
「そんなのあったりめーだ」
「ふむ。ちょうど昼だ。君が嫌でなければランチをご馳走しよう。それくらいならいいか?」
「まあ、そのくらいなら……」
「何か食べたいものはあるか?」
「俺、食いたいものというとラーメンくらいしか浮かばないし——そうだ。自分の金じゃ食えなさそうな旨いもん食わせてくれよ。あんたに任せるよ」
嫌がらせに近い要求を男は笑って呑んだ。
「いいだろう。なら行くか」
店の外へ一歩足を踏み出せば。高い温度と湿度。そしてきれいに晴れた夏の終わりの青空が広がっていた。
了