捨てられた宝物
子供の宝物なんて大人からしたらガラクタでしかないものなのだろう。伯母たちに見つかってしまえば「愛之介さん。ゴミが引き出しの中にあったから捨てておいたわ」と事後報告されるだけだった。
そんなとき愛之介は微笑み「手を煩わせてしまって申し訳ありません。ありがとうございます」と感謝の言葉を口にする。落胆する心をひた隠し。
大切な宝物は誰の目にも触れさせてはいけない。厳重に保管しておかなければ、いつか見つかり間違いなく捨てられる。
ならばそうならないよう隠してしまえばいいい。誰も知らない秘密の場所に大切な宝物はしまっておこう。
風を切り誰よりも速く、歓声を置き去りにして彼はフルスロットルで滑り抜けていった。ドローンカメラが追いつかずちょくちょく画面から消える。
迫り上がった岩をジャンプ台にして——飛んだ。高く美しいエアに目を見張った。
彼が無意識に使いこなしている空間認識能力という天賦の才。路面のコンディションや障害物やビーフの対戦相手の動きまでを、その位置関係や方向やサイズや形状さらに動線まで、三次元空間における状態を俯瞰的視野から素早く把握し瞬時に判断している。すべて無意識に一瞬でおこなっているのだ。
間違いなく彼はスケートの神に愛されていた。
ゴールする彼を迎えた友人とDAPを交わす。笑顔だ。こんなときの彼の表情はあどけなくむしろ幼く見える。
クレイジーロックで撮影された動画は何度見返しても飽きない。この映像は宝物と言っていい。しかしこれはS参加者であれば普通に見ることができるのだ。
そして、もうひとつ。愛之介以外誰も存在を知らない厳重に保管されている動画がある。
それは、ベッドルームの固定位置から隠しカメラで撮影した動画だ。
もしもこんなものが世間に流出したら自分の政治生命は終わる。いやそれ以前に彼の人生も取り返しのつかないことになるだろう。そんな動画だ。
はじめて彼と愛し合ったときから今の今まで、肌を合わせた時間すべてを保存して、気が向いたときに鑑賞しよう。スケート動画を楽しむように。
そう思ったことがきっかけだったのだが——
「ランガくん、少し休憩しよう」
「わかった」とスケートボウルの外へストンと着地して、ランガはテラスまで駆け寄ったきた。
さんぴん茶をランガにすすめながら切り出した。
「僕はランガくんのありとあらゆる瞬間を切り取り大切に保管しておきたい——と前に話したよね」
「うん」と彼はグラスに口をつける。
「全部は流石に無理だけど、君がSで滑っているところは完璧に揃っているんだ」
「Sだったら参加者には公開しているだろ」
「そうなんだけどランガくんが滑っているシーンだけをまとめて編集した動画を別途作っている」
「ふーん。それ欲しいかも。見返せば俺のスケートの改善点とか見えてくるだろうし」
「そうか。それならデータを複製して君にあげよう」
「ありがとう。できれば愛抱夢と——あと暦のも欲しいな」
「僕のはもともと自分用にあるけど赤毛くんの分までは無理だよ。ランガくんの動画と自分のを編集するだけで精一杯なんだ。悪いね」
「そっか。残念」
「他にもスケート以外色々あるんだ」
「スケート以外って?」
「何気ない君の日常。お友達と楽しそうにしていたり何か食べているとか色々ね」
「Sじゃないところで撮影したってこと?」
「少しだけあるんだ。今はもう撮っていないしこれからも撮ることはないから安心して」
「気がつかなかった。どうやって?」
「ふふふ……企業秘密。いやだったかな?」
彼は眉を寄せムッと口を尖らせた。
「悪用しなければ別にいいよ」
渋々かもしれないが許してもらえたということで本題だ。これは少々刺激の強い告白になる。
「もうひとつあってね」とテラスから別荘の寝室の方へ目をやった。ランガもつられて愛之介の視線を追う。
「もうひとつって?」
「知りたい?」
「そりゃあ気になるから教えて」
「うん、実はね——」
そこで寝室にこっそり仕掛けていたカメラのことを説明した。
話を聞いているうちにランガは首まで真っ赤になった。これは羞恥ではなく怒気だろうことは吊り上がった眉を見れば一目瞭然だ。
そしてガタンと椅子が倒れ勢いよく立ち上がったランガが、愛之介の肩を掴んでぬっと顔を近づけ迫ってくる。こういうのを鬼の形相というのだろうが、この子はこんな表情でもラブリーだと見惚れてしまう。
「怒ったかな?」
「あたりまえだろ! なんでそんなこと断りもなしにするんだよ」
「だって君に前もって撮ってもいいかな? なんて訊いたとして、いいよって言ってくれる?」
「言うわけないだろ」
「だからだよ」
「だからといって……」
「まあ落ち着いて。ちゃんと話すから座ってくれないかな」
転がっている椅子を起こし座り直したランガはムスッとしてグラスのお茶を一気に呷る。氷が涼し気な音を響かせた。
「まず信じてもらいたいんだけど、撮影した動画を僕は一度も観ていないんだ。それに誰の目にも触れないよう厳重に保管してある」
SDカード三枚をテーブルの上に並べランガの前へと指で押しやった。彼はカードをじっと見つめる。
「これは?」
「撮影したすべての映像はそれに直接保存してある。どうするかは君に任せるよ。捨てるのもよし……『会えない夜はこれで自分のこと慰めてね』なんて僕に言ってくれてももちろん構わない」
「殴られたい?」
低い声で言うと、拳と手のひらをギリギリと擦り合わせながら睨んできた。
胸の前で両手のひらをランガに向けひらひらと振りながら「冗談だよ」と眉を上げ戯けてみせる。
「それで——ランガくんとしては、コレどうする?」
「もちろん捨てる」
「そうか。それなら物理的に破壊してから捨てよう」
「でもさぁ、なんでそんなこと自白したんだよ。捨てていいものなら勝手に捨てときゃいいし手元に置いておきたければ黙ってそうすればよかっただろ。いちいち俺にバラすことなくない? 知らなければ俺だってこんなふうにモヤモヤしなかった」
ごもっとも。いったい何故こんな告白をする気になったのかと自分のバカ正直さに苦笑するしかない。まったくらしくないったらありゃしない。
「笑っていないで答えてよ。どうして俺に話したの?」
「ほんと、どうしてだろうね。それなりの時間と労力を使ったんだ。宝物であるのは間違いない。僕が直接破棄するには忍びなくて踏ん切りがつかなかった」
ランガにこのことを打ち明けることにデメリットはあってもメリットなど欠片もない。愛之介に対する好感度がひたすら下がるだけだ。
そもそも素直で純粋で警戒心皆無なランガは、ベッドでの行為を隠しカメラで毎回撮影されているなどと夢にも思わないだろう。
黙っていればバレることなどないのに自分からバラすなんて我ながらどうかしている。
かつての神道愛之介や愛抱夢だったのなら狡猾さを発揮して何食わぬ顔で撮影し続け——今もそしてこれからもコレクションを増やしていっただろう。自分の密かな楽しみのために。
でも今は——
「僕のこと軽蔑する?」
「しないけど呆れた」
「嫌いになった?」
「ならないよ。びっくりしたけど。それでも話を聞いているうちになんか愛抱夢らしいなって思ってしまう」そこでため息をひとつ落とし、ポツリと「どうしてかな」と付け足した。
ランガは頬杖をつきなんともいえない表情をしている。
「僕は君の何もかもが欲しくて——周りが見えなくなるくらい必死だった」SDカードを指でピンと弾く。「これは秘密の大切な宝物なんだ。だからもし、誰かに見つかって捨てられたり取り上げられるのは耐えられない。その前に僕が自分で——と考えても、さっきも言ったとおり捨てる決心がつかなかった。だから君に丸投げしてみたんだ」
「ひどいな」不満げにそっぽを向き「でもさ、こんなもの要るわけないじゃないか。本物がいるのに」と唇を尖らせた。
ああもちろん生身の彼がいい。この目に彼の肢体を焼き付け声を聞いてにおいを嗅いで、肌のきめの滑らかさと柔らかな筋肉の弾力をこの指で確かめる。自分の五感すべてをランガという存在で満たしたい。
「そうだね。だから結局観ることもなかった。許してほしい。二十四時間——いやランガくんの気がすむまで僕は君の命令に従おう。さて……僕は何をすればいいかな?」
「滑ろう」
「そのあとは?」
「美味しいものを食べたい」
「それではいつもと同じだ」
「それでいいよ。いつものあなたがいい。だから滑ろう。愛抱夢」
ボウルへ飛び込む彼を見て、愛之介は立ち上がり後に続いた。
了