心の鎧を脱ぎ捨てる

 ドアを開けると同時にもわっと熱い外気が流れ込んできて一瞬クラッとした。そんな灼熱の玄関に立っていたのは顔を紅潮させたランガだった。

 額にはポツポツと汗が浮き、水色の髪がしっとりと濡れていた。今日は今年一番の暑さだというのだから無理もないか。

「こんにちは。愛抱夢」

「やあランガくん。よく来たね。待っていたよ」

 室内に通し肩から下ろしたバッグを預かりフックに掛けた。

 ランガは「ゔーーーっ! 涼しい! 外はすごく暑かった」とTシャツの襟元を引っ張りパタパタさせている。

 当然冷房は強めに効かせておいた。高温多湿の沖縄は暑がりのランガにとってきつい季節が長い。それでも東京の夏に比べればずっとマシだ。

「今日は蒸し暑いからね。それにしても汗びっしょりだ」

 見れば汗で濡れ透けた白いTシャツが肌にピタリと貼り付いている。これはこれで、なかなか色っぽいのだが、とりあえず今は水分補給が先だと冷蔵庫からスポーツドリンクのボトルを取り出した。

「飲み終えたらシャワーで汗を流しておいで」

「わかった」

 渡されたスポーツドリンクを一気に飲み干し、手の甲で口を拭ってランガは大きく息を吐いた。

「着替えは用意しておくよ」

「ありがとう。助かる」

 バタンと浴室のドアが閉まり、すぐにシャワーの水音が聞こえてきた。

 タオル、下着、部屋着を脱衣室に並べ、ふと思い立って自分も浴室に入ることにする。

 そうと決めたら急がなければ、ランガは愛之介が入ってくるのを待たずにさっさとシャワーを終えてしまうだろう。彼は入浴時間がとにかく短い。いくら湯船に浸からないとはいえ、ボディソープで体や髪をきちんと洗っているのかすら疑わしいほどだ。

 愛之介は手際よく着衣をすべて落とし浴室のドアを開けた。白い背中が目に入る。シャワーの湯を止めたランガがフックにシャワーヘッドを掛けながら振り向いた。

 これから洗うのか? それともまさかこれで終わりか? それだと頭と体を洗うのとシャワーで泡を流すのが同時だったということになるのだが。器用なことだ。

「あれ? 愛抱夢は汗かいていないんだろう」

「君が出てくるのを待ちきれなかっただけだ」

 背後から腕を回し抱きしめながら首筋に唇を押しつけると、ランガはくすぐったそうに首をすくめた。

「もう、今出るところだったのに」

 ということはやはり体も頭も洗い終えていたということになる。

「僕はせっかちな男だよ」

「この前は『僕は気が長い男だ』なんて言っていたよね。せっかちだったり気が長かったり言っていることが安定していない」

「少しでも早くランガくんを堪能したかっただけだよ」

 手で強引に顔をこちらに向かせキスを試みたが、体勢に無理があったようで半分ほど重なった唇に歯が当たった。一旦唇を外しランガの肩を掴んで、体を回転させて向かい合う。

 吸い込まれそうな青が至近距離で煌めいていた。

 しばし見つめ合ったのち愛之介は、ランガの後頭部を手で支え再び唇にキスをした。

 軽く吸うと閉じた唇が薄く開く。唇と歯列を割って舌を挿し入れた。あたたかく湿った口腔内を舌で撫で回す。そしてじっと動かず横たわったままの彼の舌を誘い出した。

 長いキスでお互いの気分を高揚させていくことは外せない儀式なのだが、それ以前にランガはキスそのものが好きだ。キスだけで満足してしまいその先はどうでもよくなるほどに。

 少々乱暴に舌と舌を絡ませながら、手のひらを彼の背中から尻、脇腹、胸へと滑らせていった。それから胸の柔らかい筋肉を揉む。指の腹が乳首を掠めたとき、ランガは頭を振って唇を外し、ため息混じりの甘い吐息を漏らした。同時に乳首はツンと硬く尖りはじめる。

 少し前のことだが乳首をいじられたときどう感じるのかとランガに訊いたことがある。彼は嫌そうな顔をしたが、それでも「電流が胸から下半身へ走っていくみたいな感じ」と教えてくれた。「それは気持ちいいってこと?」と意地悪く問えば「うん」と頷いた。

 ランガの顔を覗き込めば半開きの瞼から焦点の合っていない青い瞳がのぞいていた。そんな蕩けたような表情を眺めながら、彼の乳首を軽くつまみ小刻みに揺すったり捏ねるなどして、丁寧に刺激を加えていった。

 伏せられた淡い色のまつ毛が震えている。乱れはじめた息に小さな喘ぎ声が混ざりはじめていた。

 愛之介はランガの目尻に唇を落とし目を閉じさせる。そこから耳、首筋、鎖骨、胸へと唇を移動させていった。やがて乳首を捉えるとランガの指が愛之介の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。

「ん……あっ、あっ、あっ……」

 乳輪から乳首へと丁寧に舌を這わせていった。

 彼の下半身に視線を落とせば触れてもいない彼のモノが緩く勃ち上がり先端から透明な雫が糸をひいて滴り落ちている。

 そのまま乳首を口に含み転がす。それと同時に手のひらを尻から内ももへ這わし、陰嚢を優しく包み会陰を指で小刻みに揺らしてやった。

 でも中心には触れていない。意識的にそこだけ避けていた。

 やがてランガの指が愛之介の髪をぎゅっと強く掴んだ。そのタイミングを見計らって強く乳首を吸った。

「うっ、あ、わぁっ……」

 がくりと膝を折ったランガを慌てて支える。すがろうとする指にも力は入らず、そのままずるずると崩れ落ちていく体を両腕で抱きながら自分の膝上に座らせた。それから彼の胸にもう一度唇と舌を戻した。

「待って……少し待って、愛抱夢。ん、あっ——」

 ランガは胸に吸いつく頭を引き剥がそうとする。逃れようと頭を振って抵抗する体を強く拘束し敏感な乳首への刺激はやめなかった。

 やがて彼は掠れた声を苦しげに絞り出した。

「ん……もう……だめ……〈I’m gonna come〉」

 背を反らしピクピクと全身を震わせてはじめた。そこでやっと胸から唇を外して腕の中で痙攣する肢体を眺め満足げに笑った。そのまま休ませることなく再び指や口で性感帯を弄んでやる。甘い余韻を引きずる体は少しの刺激で容易に何度でも達してしまう。

 ランガは寄せては返す波のように繰り返し訪れるオーガズムに身悶え激しく喘いだ。

 恍惚の表情。焦点の合わない虚な瞳。半開きになった濡れて光る桜色の唇。吸われ続けたせいで赤く充血した乳首。そんなランガの媚態は極上の愉悦と興奮をもたらせてくれる。

 君はとんでもなくエロチックで、それでいて新雪のように無垢で清らかだ。


 別に狙ったわけではなかった。

 ランガは乳首にしろ、いわゆる性感帯となりえる場所の感度がもともと良かったのだろう。はじめはちょっとした意地悪というかいたずら心だった。指や口で敏感な箇所を探し見つけ出しては弄び、肝心のペニスには触れず放置すれば、焦れて腰をモジモジさせねだるような仕草を見せてくれる。そんな彼の反応はなんともラブリーで愛おしさで胸がいっぱいになった。

 それにしても一体どれほどの時間焦らせば音を上げるのだろう。そうやって徐々に焦らす時間は長くなっていった。やがて偶然——いや必然だったのか——ランガはペニスに直接触れられることもバックから前立腺を刺激されることもなくオーガズムを得てしまう。

 はじめてその姿を目の当たりにしたとき何が起こったのかすぐには理解できなかった。

 呼吸もままならない状態で、全身を突っ張らせヒクヒクと痙攣させているランガを呆然と見つめていた。しかし射精はしていない。その謎の現象に一瞬面くらい、すぐに理解する。これがドライオーガズム——メスイキというやつだと。知識では知っていた。だがまさか目の前でそれを見せられるとは。

 意図したわけではなかったのだが、自分が、ランガをこんないやらしい体にしてしまった——そう言葉にして噛み締めるとなかなか味わい深いものがある。

 ところがランガはそんなものでは済まなかった。自分の身に起こったことが理解できず混乱した。積極的にこの手の情報を集めるタイプではない彼に、そんな予備知識があるはずはない。そう考えれば無理もないことだった。

 その一件以来、ランガは不機嫌だった。しかも困ったことに、キスはおろか触れようとするとその手を払い除ける始末だ。

 もし彼が猫なら毛を逆立ててシャーッと威嚇しているに違いない。

 かといって嫌われているわけではないと思っている。そうならばデートの誘いだって断ってくるだろうけど、それはなかった。ただスケートをする以外どこかよそよそしい——ような気がした。

 その日は午後から滑ろうという約束だった。

 スポーツドリンクを口にするランガの横顔をチラリと見る。今日も彼は必要以上に近づいてはこない。目もあまり合わせようとしない。

 ランガから何か言ってくることを待っていたのだが、こちらから切り出したほうがいいのだろうと判断した。

「ねえ、ランガくん」

「何?」

「そろそろ機嫌直す気ない?」

 彼はきょとんと目を丸くした。

「え? 俺、そんなに機嫌悪そう?」

「まあね。そもそもキスどころか触らせてくれないからね」

「あ……」

「いつからというのはわかっているんだ。あの日だろう? 君が……いや、僕が最後にランガくんを抱いたあの夜からだ」

「う、うん」

「すまなかった。そんなに嫌だったとは思わなかったんだ」

 ランガは目を見開き数回瞬きをしてから、首を横に振って否定した。

「違う。違うんだ。そんなことじゃない。ただどうしていいかわからなくて。男の俺があんなふうに……」

 ランガはうつむき眉を寄せ難しい顔をしている。

「今までだって僕は普通に君を愛撫していて、君は気持ちいいと言ってくれた——いや、僕だって君に触られるのはとても気持ちいい。それとどう違うんだい?」

「そうなんだけど、それだって最終的には射精して、あースッキリした! みたいで満足する」

 スッキリした!——か。思わず吹き出しそうになるのをこらえた。まあ言いたいことはわかる。たとえそれが射精直前のわずか数秒間だけのあっけなく終わる至福であったとしても繰り返し求めてしまう。そのくらい気持ちがいいのだ。

「でもアレはそんなのと違うんだ。射精したあとはすぐに冷めるだろ? しばらく性欲がなくなるっていうのかな」

「ああそうだね」

 それは俗に言う賢者タイムというやつだ。

「でもあれはそうじゃない。あんなの絶対に男の感覚じゃない。イッたあともすぐに冷めたりしない。むしろめちゃくちゃ敏感になっていて少し触られただけで感じ過ぎて——それで何度でも続けてイクことができるみたいで。あと上手く言えないけど自分の体が自分じゃないみたいになる。自分で体のコントロールが効かなくなるんだ。まるで雪崩に巻き込まれてどこかに流されちゃうみたいに訳わからなくなって、たったひとりでどこかに連れていかれる——そんな感じ。だから俺、次に愛抱夢とセックスしたらどうなるかわからなくて。俺が俺じゃなくなって、またみっともないところを見せちゃうんじゃないかって——」ランガはうつむき一言「怖い」と震える声を絞り出した

 ふむ……と顎に指を当てた。

 男になぜ賢者タイムがあって女に無いのか。それは外敵から身を守るためと言われている。動物の交尾は命懸けだ。終わっていつまでもセックスの余韻に耽っていたら外敵から命を奪われかねない。それは人間も同じだ。一方女性はセックスのあとなるべく安静にすることによって精子が子宮まで運ばれ受精し妊娠しやすくなるという。つまり本来の目的である繁殖のためだ。

 賢者タイムは、生殖のためのセックスの名残なのだ。

 確かにドライオーガズムは女性的な感覚なのだろう。しかしそれでもやはりランガは男だ。どれほど美しく整った容貌であっても女には見えない。もちろん内面もそうだ。その男の本能が不安にさせる。自らの主導権を手放して初めて得られる快楽の中にいつまでも漂い抜け出せないことに。

 そこまで思考を巡らせ、はたと気づく。こんな話をランガにすればますます落ち込むだろう。自分は女なのかと。

 今の人間のセックスは生殖と繋がっているわけではない。お互いの愛を確認する行為——コミュニケーション手段なのだ。ランガもいずれ自分で折り合いをつけていくことになる。

 だから今はまだ黙っていよう。

「不安だったんだね」

「きっとそう」

「怖がなくていい。僕が君を守る。必ず」

「でも俺……」

「覚えておいて。あのときのランガくんは本当に綺麗だった。それに芸術的だと言っていいほどの美しい骨格と筋肉を持った——ちゃんとした男の子だったよ。世間が考えるようなマッチョな男らしさとは違っていたとしても。みっともないことも恥ずかしいことも何ひとつない。いつどのような瞬間を切り取っても、君は僕の愛するランガくんでなかったことなど過去一度もなかった。君は天上から眩い光をまとい舞い降りてきた天使で、その神々しい姿を目にしてしまえば魅入ってしまう。永遠に目が離せなくなるんだ。ああ。だから叶うのなら僕はランガくんのありとあらゆるシーンを切り取って宝石箱に保管しておきたい。僕以外誰にも見られないよう、しっかりと封をして厳重に鍵をかけてね」

 ランガは顔を上げて目を丸くした。

「もう、何を言っているかよくわからなかったけれど、相変わらず愛抱夢は大袈裟だってことはわかったよ」

「いや、わかってほしいのはそこじゃない。僕がどれだけランガくんを愛していて大切に思っているかってことなんだ」

「そうだった。ごめん。うん——ありがとう、愛抱夢」

「どういたしまして。それはそうと、今夜こそ僕はランガくんと一緒に過ごしたい。安心して。許可をもらえるまで君に指一本触れないって誓おう。君が落ち着くまで待つよ。本当はベタベタいじり回したいし抱きしめたいしキスだってしたい——でも嫌われるよりずっといい。たとえそれが一生であったとしてもね。——ということでどうかな?」

「わかった」

 そして迎えた夜。

 いくらでも待つ覚悟はできていたのだが、意外にもランガの方から体を寄せてきてくれたのだ。

 少し前までのどこか怒っているようなピリピリとした雰囲気は消え、いつものランガに戻ったようで心の底から安堵した。

 ランガの中で落としどころが見つかったのかもしれない。そう考え両手のひらで彼の輪郭を包んで顔を覗き込んだ。嫌がる様子は見られない。

「僕はすごく君を抱きたい。どうかな?」

 ランガは微笑み、愛之介の手に自分の指を添えて「優しくしてくれるのなら、いいよ」とキスをしてきた。

「辛かったらそうだと教えて欲しい。加減するから……」と言えば「もう大丈夫だから気にしなくていいよ——それに逃げるのは俺らしくないよね。俺は俺なんだから」と答え、もう一度口の中で「大丈夫」と自分に言い聞かせるように小さく呟いた。

 穏やかな情交だった。また機嫌を損ねてしまってはたまらないと思えば、らしくもなく慎重にならざるを得ない。


 ところがその夜以来ランガの方が積極的に仕掛けて——いや要求してくるようになった。もともとランガは快楽に対して貪欲だ。刹那的な肉体の快を最優先で追求してしまうのはスケートに対する姿勢でもさんざん見せつけてきた。

 そして愛之介は——といえば自分が射精でイクことより、身悶えながらドライオーガズムで果てるランガの姿を鑑賞することを楽しむようになっていた。白い裸身を妖しく捩らせ愛らしい喘ぎ声を聞かせてくれる。何よりそれが自分の手によってもたらされているのだということに感動した。

 それから彼の体を暴いていくことに夢中になった。

 どこをどうしたら、より感じてくれるのだろうか。どうされるのが苦手なのか。指で、舌で、あるいはローターなどの器具を使う方がいいのか。その力加減は——と妙な探究心に火がつき思いつくありとあらゆることを試したように思う。もちろんこの手の自分の知識などたかが知れるが。

 素直で変な先入観を持たないランガは、興味津々でなんでも付き合ってくれた。色々試した結果、器具や玩具やドラッグ——もちろん合法的なもの——を使用してのハードなセックスは好まなかった。まだ若い彼には無茶だったのだろう。

 そんなこんなでランガの性感帯について、我ながら研究熱心だったと思う。レポートくらい書いてやってもいい。むしろとても楽しい課題だと思った。学生時代を思い出す。

「ここはどうかな?」

「あっ、そこはもう少し弱く……ん、ああ……そっちは……」

「感じる?」

「うっ、うん。すごく——そこ……あん……」

 足、太もも、脇腹、下腹部、背、脇、首筋、耳、もちろん陰嚢や会陰と感じやすい部位は無数にある。

 それでもやはり乳首がスイッチになるようで、そこへの愛撫は欠かせない。

 乳首を指の腹で優しく潰しながら、唇は首すじから胸をたどり舌で乳輪を舐めまわし乳首を捉えるのだ。乳首を舐めたり強く吸ったりすると感じるのか、甲高い鳴き声が白い喉を震わせる。その響きは鼓膜から脳を貫き抜け情欲を掻き立てる。

 こうして無垢で固く閉じた青い蕾のような肢体は、抱くたびに一枚ずつ花びらが開いていくように綻んんでいき、いつか大輪の花を咲かせるのだろう。


 ぐったりと弛緩した体をバスルームのまだ濡れている床にそっと横たえ頬に手を当てた。

 顔を近づけ「降参?」と訊けば、ランガはうっすらと瞼を開き口元にかすかな笑みを浮かべる。そして上体を気怠げに起こし愛之介のぶ厚い胸に唇を押し当ててきた。硬く締まった筋肉の丘を濡れた舌が這いまわり乳首を見つけ出し舌の先でそっと潰す。それと同時にもう片側の乳首を指の腹で優しく触りはじめた。

 ランガは愛之介の乳首を開発することにご執心だ。「僕は君のように感度良くないから期待にそえないと思うよ」と言えば「大丈夫。俺が教えてやるよ」と言い出す始末。ランガはこの気持ちよさを自分だけが知っているなんて不公平だと言った。

 確かにランガが丁寧に愛情を込めて乳首を愛撫してくれるようになって、少しずつだが性感らしきものが芽生えてはいる。最近では胸を触られるとペニスがうっすらと疼くようになってきていた。指で揉んだり潰したり、唇で吸われたりする度に腰にじんわりとした痺れを感じるようにもなってきた。乳首への刺激は前立腺へ伝わるとあとから知りなるほどと思った。

 しかしだとしてもランガのように乳首だけでイクなんてそんな器用な真似などできる気はしない。まだくすぐったい感覚の方が優勢だ。とはいえ世界が広がったのは確かだ。

 胸からランガの頭を引きはがし目で訴える。無言で頷き愛之介の股間に顔を埋め、そそり勃つ陰茎に指を添え先端に口づけた。

 ランガは自分がイッたあと、いつもこうしてくれるのだが強要したりお願いしたことはなかった。ただそうしたいからするだけだ、と彼は言う。

「うっ……」

 舌で亀頭をソフトに刺激されて腰がぎゅっと収縮し疼くような気持ちよさがジンジンと広がっていった。指は軽く添えるだけでカリや裏筋は意識的に避けている。避ける理由は、射精感を抑えて、快感を持続させるためらしい。

 軽い気持ちで、そのことを教えたらすぐこれだ。

 どちらかというと奥手でぼんやりとしているくせに、変なところに吸収力や応用力を発揮してくれる。

 ランガは丁寧に優しく口と舌を動かしていた。

 はぁはぁという自分の息が耳障りだ。そろそろ限界か——

 ランガの頭を固定し自分のモノをグイッと押し込んでやった。喉奥を突かれたランガは一瞬「うっ」となったがすぐに口や舌を動かしはじめた。

 愛之介は指を伸ばしランガの乳首に触れる。

 愛之介のペニスを咥えたままピクリとタンガの肩が震え「ん……」と悩ましげな声が鼻から抜けていった。それがさらに愛之介の欲望を刺激した。

 ランガの口や指の動きが徐々に速く強くなっていく。

 ——ああ、たまらない。

 喉の奥まで頬張るランガの扇情的な表情を目が捉えた刹那、腰から頭の天辺まで痺れるような快感が貫いた。

 目の前が真っ白になり、気がつけばランガの口腔内に思いっきり射精していた。ドクドクと脈打つ間もランガは全てを絞り出すように強く吸った。

 落ち着いたあたりでランガは、口を外し顔を上げる。視線が触れ合うと彼は薔薇色の唇を汚す白濁を赤い舌でペロリと舐め、笑みを浮かべた。まるで見せつけるようなその仕草の艶っぽさにぞくりとする。

 生でフェラチオをさせてしまうことには抵抗があった。しかし彼がどうしてもと言い出して聞かなかった。お互い他にセックスフレンドがいるわけでもなく、浮気など考えられない。これから長い時間——自分としては一生——を共にするパートナーならば彼の主張はそうおかしなものではなかった。

 体をすり寄せ甘えてくるランガを腕に抱いて目を閉じる。

 終わってからの、このリラックスした感じがなんとも心地よい。気怠くも多幸感に満たされていた。

 少しの休憩後、第二ラウンドに突入したいのだが、ランガの空腹具合はおそらく限界だ。それにこの子は性欲より食欲が優先する。

「動ける?」

「うん」

「お腹すいただろう? 夕食にしようか」

 言えばランガは目を輝かせ身を乗り出した。

「今気がついたんだけど、すっごくお腹空いているんだ」

 水栓を捻りシャワーでざっとふたりの全身を流してから浴室を出る。


 食事が終わって片付けをしていたたときだった。窓が青白く光り数秒後にゴロゴロと雷鳴が轟く。続いてパタパタと騒々しい音とともに大粒の雨が打ちつけた。

「ああ、やはり降り始めたね」

「滑るのは無理かな」

「そうだね。すぐに止むとは思うけど。今夜はもう難しいかな。予想が外れて済まなかったね」

 もともと炎天下でのスケートは危険だということで夕食後に滑るという約束だった。今のシーズンの気候の変化は特に予測しづらいのだから許してほしい。

「気にしないでいいよ。——明日の朝は滑れるかな?」

「きっとね。雨が降り続いたりしなければだけど」

「スケートできないのならどうする?」

「そうだね。——君はまだ大丈夫?」

「大丈夫だけど」

「少し考えていたことがあって——」

「何?」

「たまにはランガくんの中でイキたい」

 ランガは少し首を傾げ「そっか……ずっとやってなかったね」と言った。

 意識していなかったのだが、ここ最近バニラセックスが当たり前になっていた。つまりアナルセックスは長いことやっていない。

 愛撫だけでオーガズムを得て悶えるランガの姿に愛之介は激しく興奮する。何より何度か達したあとランガは必ず愛之介をフェラチオで射精を促してくれていた。

 腰や股間にじわっとした気怠い快感が残る中、好きな人のモノを咥える——それはとて嬉しいのだとランガは照れながら教えてくれた。

 このセックスが終わったあとの多幸感が気に入っていた。時間が許せばそのまま肌を寄せ合い深い眠りについていたのだ。

「今だって僕は十分満足しているよ。それでもランガくんとひとつになりたい。もちろん君が嫌でなければだけど……」

「嫌なわけないよ。待っていて。俺、準備してくるから」

「ありがとう。それとどうせ脱ぐんだからと無精しないで、用意したパジャマをちゃんと着てくるんだよ。僕も君とお揃いのを着ておくから」

 怪訝な顔で首を傾げ「ん……わかった」とランガは浴室に向かった。

 学生時代、ゲイの友人が愚痴っていたことを思い出す。ゲイのセックスは準備が色々面倒だと。それにあまり綺麗なものじゃないと自嘲していた。正直そこまで興味があったわけではなかったし当時はまだ他人事だったことから、ストレートのセックスだって綺麗なものじゃないだろうとよくわからないフォローを入れつつ、基本ふーんと聞き流していた。

 面倒なのはランガだけで、一方的に負担をかけてしまっていることが引っかかっていた。バニラセックスは、そんな負担をかけさせないで済む分、気が楽だったのかもしれない。

 ベッドに腰をかけランガを待つ。柔らかい間接照明が寝室のベッドにぼんやりとした影を落としていた。

 ドアが開閉する小さな音が聞こえた。浴室から出たらしい。それから静かな足音が近づき、カチャッと寝室のドアが開きランガが入ってくる。言われたことを守り、きちんとパジャマを身につけていた。

「お待たせ」

「ちゃんと着てきたね」

「また新しく用意してくれたの?」と自分の着ているパジャマを指で摘んだ。

「前に用意したシルクのパジャマを気に入ってくれただろう? だからもう一枚あってもいいかと思ってね」

「うん。この生地スベスベですごく気持ちいいんだ」

「おいで」

 手首を掴み引き寄せれば、素直にしなだれかかるランガにキスをしながらパジャマの上から手のひらを滑らせた。

「はぁ……」

 艶っぽいため息とともに、ランガが身じろいだ。

 シルク越しに乳首を中心に性感帯といえる場所をさすったり軽く摘んだりする。その度に彼は身を捩り、うっとりとした表情を浮かべていた。

「とても気持ちよさそうだね」

「う……うん」

 なんとか返答するランガは、とろんとした目を愛之介に向ける。

 もちろんそんな目的で用意したわけではなかったのだがパジャマ越しに乳首や感じやすいな場所を弄ってやれば唇から熱い吐息が漏れる。滑らかなシルクを通しての愛撫は直接触れるより敏感になるという。

 色々考えつつ選んだ玩具なんかより何の変哲もないシルク素材のパジャマの方に軍配が上がったということだ。

 ある夜「これ本当に気持ちいいんだから!」とランガは主張して、シルクパジャマの上からさわさわと乳首を熱心に触ってくれるようになった。

 くすぐったさの中に今まで経験したことのない奇妙な感覚を知った。思わず情けない声が上がり少々焦った。そのくらい滑らかなシルクが擦れる感触は気持ちいいのだと納得した。残念ながらランガほどの感度の良さは持ち合わせてはいないのだが。とはいえ衝撃だった。

 ランガは無邪気に「愛抱夢もちゃんとここでイケるようになると思う。大丈夫。俺に任せて」と胸を張った。そのときの彼はあまりにもラブリーで胸がキューンとなったのは伏せておく。

 全身を丁寧に愛撫されたランガは、愛之介の着るパジャマの布地をぎゅっと掴んだ。

 愛之介はランガのパジャマのボタンを外し袖を引き抜くと、次に下着ごとパンツも足から抜いて全裸にした。仰向けベッドへ横たえれば、半勃ちになったペニスの綺麗なピンク色の亀頭から透明な粘液が滴っている。

 M字に脚を開かせた。会陰に振動するローターを強く押し当ててやれば喉を反らし悲鳴が上がった。会陰から伝わるローターの振動は、前立腺まで届く。色々試した玩具の中でランガが唯一許した——いや気に入ってくれたものだった。

 無意識に逃れようと腰を浮かせるランガの太ももを押さえさらに強くローターを押し付けてやる。

「ねえ、待って。愛抱夢。ああ……ダメ。おかしくなりそう。イク!! Yeahhhh!」

「ふふふ……ランガくんはローターでこうされるの大好きだね。気持ちいいんだね」

「あ、あああ……」

 ランガの下腹部がヒクヒクと波打っていた。

 さんざん弄ばれ、隠すことを許されず晒される淫らな肢体は、愛之介にとって極上の媚薬だった。

 ランガの体をうつ伏せにし、白い尻たぶを左右に開けば綺麗な珊瑚色の入り口が晒される。キュッと締まったと思うとふっと緩んだ。まるで息づいているように。

 ローションをたっぷり指に取り塗りつけながら道をつくった。

 ランガの腰を持ち上げ膝をつかせて、コンドームを被せたペニスの先を尻にあてがいグイッと押し込んだ。

「つうっ……」

 小さな呻き声が聞こえた。

 押し戻される。逃げる腰を引き戻しもう一度少し力を込めて突けば、確かな手応えがあった。あたたかい肉壁がきゅうっと締めつけてくる。抵抗し絡みつく粘膜を押し退け奥へ奥へと進んでいった。腰が疼きじわりと熱を持ちはじめる。

 ふと視線を落とせばランガは枕をぎゅっと抱きしめ顔の片側を押しつけていた。耳やうなじが朱に染まっていた。

「あっ、あっ、あん……」

 大きく息を吸い吐きながらグイッと腰を強く押し込めば、ランガは悲鳴を上げた。

 愛之介はゆっくりと腰を動かしはじめた。最初は緩やかに、角度を変えつつ擦り突き上げ、しなりを効かせ、まとわりつく粘膜を振り払い、もっと奥へもっと深く——ランガの中へ。もっともっと君を見せて。

 リズミカルな動きに合わせベッドのスプリングが軋み跳ねている。

 嬌声と咆哮と悲鳴と嗚咽——すべての音が混ざり合い、薄闇の中に吸い込まれていった。

 ああ、ああ、ああ——腰の中が熱く滾り痺れくらくらする。

 やがてランガは首を捻り、切なげな目で愛之介を見た。何かを訴えるように唇が戦慄く。

 察して愛之介は、体を繋げたままランガの背中から覆いかぶさり耳元に唇を寄せた。

「大丈夫。僕はここにいるよ」

 目尻に唇を落とせばランガは安心したように瞼を閉じた。その直後——

「あ、ああーっ……!」と甲高い鳴き声が夜気を震わせた。

 腕の中でランガは全身を突っ張らせのけぞりガクガクと震えはじめる。愛之介は腰の動きを止め、ありったけの力を腕に込めて折れるほど強く抱きしめた。

 それから少し遅れて愛之介も絶頂へ上りつめようとする。

 腰から下腹部にかけて収縮を繰り返し背が弓なりにのけ反り同時に大声を張り上げていた。快感が脳天へと突き抜けていくようだった。ふわっと意識が遠ざかり、がくりとランガの上に倒れ込む。気がつけば、ランガの中で自分のものが熱く脈打っていた。強烈なオーガズムに射精の印象が吹っ飛んでしまったらしい。彼の背に胸をぴたりと合わせ、はぁはぁと荒く乱れた息を繰り返した。

 息が落ち着いた頃合いで、ゆっくりと上体を持ち上げランガの様子を確認する。痙攣はまだ続いていて呼吸も苦しげだった。これは自分の意思では全くコントロールできない不随運動だ。痙攣している間は息も満足に吸えないとランガは言う。

 少し想像しただけで、それはとてつもない恐怖だと思えた。情けないことだが今の自分に耐えられる自信はなかった。

 根元を押さえ縮んだ自分のモノを引き抜きコンドームを始末した。

 次に、濡れタオルでランガの体を軽く拭いて、シーツを整え、散らかったベッドサイドテーブルの上を片付ける。

 そうこうしているうちにランガの痙攣は治まっていた。しかしまだ目を開く気配はなく、気を失っているような状態だ。

 失神状態に陥るオーガズムはかなり深く、久々ではないだろうか。

 さてと。シガレットケースを手の中で弄びながら少し悩む。ここで吸うわけにはいかない。かといって自分が別室で一服しているタイミングでランガが目を覚ますかもしれない。それは避けたい。

 と、そのとき——

「タバコ吸いたいじゃないの。吸ってきたら」

 明瞭な声が聞こえた。視線を落とせばランガが目を開いていた。

「あ、いや君が目を覚ましたのなら別にいいんだ。暇を持て余すと吸いたくなるだけだからね」

「ならいいけど。無理しないで」

 のそりと起きあがろうとするランガの肩を抱き支える。肩に彼の頭が乗った。

「無理させてしまったかな」

 言いながらグラスに水を注いでランガに渡す。

「そんなことはないよ。すごく久しぶりだったからかな。とても深くて重くて、それなのにふわふわして。長い時間戻ってこれなかった」そこまで言ってランガは愛之介を睨んだ。目が合うと口を尖らせる。

「ずっと見ていたんだから、俺よりあなたの方がわかっているんだろう」

「そうだったね。怖かった?」

 ランガは首を振る。

「あなたが抱きしめてくれて——ここにいるってわからせてくれたから。安心した」

 最後には欠伸混じりだった。

「寝ようか」

「うん。明日には滑れるといいな」

「そうだね」

 ランガの頭を撫でながら「おやすみ」と唇にキスをした。

「おやすみなさい」

 ベッドに潜り込むとあっという間に寝息をたてはじめる。

 顔にかかる水色の髪をどける。あどけない寝顔だった。

 すでに深い眠りに落ちている。これなら朝までぐっすり熟睡してくれるだろう。愛之介はベッドからそっと降り、別室へと移動した。タバコを吸うために。


 壁に背を預けタバコに火をつけた。ゆっくりと吸い込めば喉から肺へとじんわり煙が満たされていく。カーテンを指でどけ隙間から外を窺った。雨はすでに止んでいるようで、明日は問題なく滑れるだろう。

 漂う紫煙をぼんやりと眺めていた。ふと——

 ——雄の鎧を脱がないと本当の強さを手に入れることはできないよ。

 突然脳裏に浮かんだ言葉。どこで聞いた? 映画だったか本だったか——いや違う。これはある男が話していたのだ。

 あれは議員になる前、神道家が敷いたレールとはいえ政治家としての一歩を踏み出そうとしていた。確か若手の異業種交流会のようなイベントだったはずだ。どういった会話の流れでそんな言葉が飛び出したのか全く覚えていない。その男は「本当の快感もね」と付け足しニヤリと意味深に笑った。その笑顔が妙に印象的だったことを思い出す。

 男の経歴、どのような背景を持った人物かは覚えていない。名刺は交換したはずだが、すでに当時の記憶は曖昧で、誰であっても名刺の名前と顔は一致しない。

 その言葉をこうして思い出し、その意味が——ストンと胸に落ちた。今更繋がってしまったのだ。

 構うことは好きだが構われるのは嫌いだった。愛されるより愛したいと思っていた。それはすべて相手を自分のコントロール下に置きたかっただけだったこと——己の脆弱さの裏返しでしかなかったことに。

 無自覚な孤独の中で闇雲にイヴを探し求め——出会ってしまったのだ。ランガと。

 そして知ってしまった。心の鎧を脱ぎ捨て、相手に自分を受け渡してはじめて得られる悦楽と安らぎがあることを。教えられたのだ。彼——ランガに。

 だからランガを決して手放すことはできない。誰が何を助言しようが、自分の理性がどう冷静に判断したとしてもだ。たとえ運命がそれを認めなかったとしても、その運命に抗い戦い勝利してみせよう。

 なぜなら自分は神道愛之介であり愛抱夢なのだから。