次にランガくんと会ったとき、僕はもう自制心を働かせない。僕は僕の欲望に正直になるよ。だから君はそのつもりでいて。嫌だったら僕に会おうと誘われても断ることだ。いいかい。これは大人の僕から、まだ大人になりきれていないだろう君への忠告だ。


「忠。これをランガくんに届けてくれ。直接彼の手に」

 託したのは一通の封書だった。中には招待状と鍵が同封されている。


〈先日、僕が言ったことを覚えているかな。招待への断りの返事はいらないよ。まだそのときではないと思うのなら応じないで欲しい。判断は君に任せよう。鍵は次のSで返してくれればいい。また次の機会を待つことにする。僕は気は長いんだ〉


 そうだ。イヴを八年もの間待っていたのだから。それを思えば。

 それでも彼は必ず来てくれる。そう確信していた。


 ランガとの接し方を変えるきっかけとなったエピソードをふと思い出していた。それはちょうどランガの誕生日直後だったと記憶している。彼を連れ出しふたりでスケートを楽しんでいた。

 日も暮れてきたし今日のところはこれで滑るのはやめて食事にしようと声をかけた。「わかった」という返事と同時にスケートボウルから飛び上がりストンと着地したランガは、愛之介の目の前で向かい合った。

「そうだ愛抱夢」

「何かな?」

「俺、ずっと考えていたことがあって」

 塀にスケートボードを立て掛けランガの顔を覗き込む。彼の静かな表情に変化はない。

「何を考えていたの?」

「あなたは俺に『愛している』と、よく言う」

「そうだね」

「恋しているとも」

「言ったよ」

「でも俺、あなたのこと好きだけど恋って言っていいのかわからない。そもそも日本語での〈恋〉と〈愛〉の違いというか意味がどうもよくわからない」

「それは日本人でも難しい。というより人によって解釈がまちまちだ。いずれにしろそんなこと気にしなくていいよ。僕が一方的に君を思うことを許してくれている。それだけで十分過ぎることなんだ」

 彼は口を曲げた。

「それって、片思いってことだよね?」

 なるほど。また一つ日本語覚えたか。

「最近覚えた日本語?」

「うん」

「確かに、そうなるのかな」

「片思いは辛いって聞いたんだ」

 愛之介は眉を上げた。

「誰から?」

「暦とか他のクラスメイトが言っていた。クラスの友達——あ、暦じゃないよ——が片思いなんだって。相手の子の態度がはっきりとしなくて悩んでいるらしいんだ。キッパリ振ってくれれば諦めがつくのにって。皆うなずいていた」

「それで君はどう思ったの?」

「ピンとこなかった。でもそのことがショックだった」

「ショックって焦るようなことではないだろう」

「そういう意味じゃない。俺、あなたが、片思いで辛いかも、なんて考えたこともなかったんだ。無神経だよね」

 頼むからそんな申し訳なさそうな顔をしないで欲しい。この子の鈍感さが救いだった。ドン引きされない安心感があった。だから躊躇なく、赤バラを捧げ臆面もなく〈愛〉を囁くことができたのだ。

「暦はさ、俺が子供だから愛や恋がわからないんだ、って笑うんだ」

 おそらくあの赤毛だって、恋愛経験らしきものなどないだろう。あっても憧れ、せいぜい淡い片思いくらいだ。けれどランガは、それすら縁がないくらいカナダでは、家族以外の人間関係が希薄だったなんてことは容易に想像つく。

「それはどうかな。どちらかというと片思いが辛いのは、皆が子供——いや若いからだ」

 少年は目を丸くした。

「愛抱夢は辛くないの?」

「僕はむしろ片恋の自分を楽しんでいる。それにはっきり振られたら諦めて思うことをやめられる? 新しい恋を見つけるのかな? それが悪いわけじゃない。でも僕にはきっとそれはできない」

 そうだ。まだ少年であるランガの未来は可能性に満ちている。出会いと別れを繰り返し、彼の世界はこれからも大きく広がっていくのだろう。

 けれども自分の前には、ランガ以上の希望はもう現れない。この光は生涯一度きり。それは確信めいた予感だった。

 ならばこの少年に執着するしかない。決して手放すことはできない。

 指を伸ばし、彼の頬を撫でる。

「僕の思いなんてランガくんが考えなくていい。僕は今のまま君がここにいてくれることで十分満足している」

 それでも……と自分に言い聞かせる。

 この片恋も、ゆっくりと穏やかな愛へと変容して行くだろう。いずれ時間が解決してくれる。変わらず君が僕に寄り添い続けてくれるのなら、それ以上何を望むのか。

 彼は、んーと何か思案するように顎に指を当て首を傾げた。

「もし……もしもだよ。そうやってあなたが待っている間に、俺があなた以外の誰かと恋をしたらどうするの? 俺だって普通の男だよ。恋人ができて——セックスするような関係になったって不思議ないよね?」

(え?)

 後頭部をガツンと殴られたような衝撃だった。頭の中が真っ白になり思考が停止した。考えたこともない未来だ。それも救いのない。いや、そうではない。意識的に目を逸らしていただけなのだ。

 だから今、その当の本人から強く突きつけられた最悪の可能性に、激しく動揺している。少し想像しただけで絶望的な気分に襲われた。

 愚かにも無自覚だった。ランガは愛之介に恋をしなかったとしても、他の誰かに恋をすることもないだろうと高を括っていた。それならば耐えられる。それどころかそんな片思いを楽しんですらいた。恋はいつか執着を超えた愛に昇華する。それまで待つことは辛くなかった。その間ただ愛を注ぎ続ければいいのだから。

 我ながら、なんておめでたいのだろう。そんな綺麗ごとで己を欺いていたのか。お花畑過ぎて涙が出る。

 澄んだ青が真っ直ぐ愛之介を見据えた。再度、彼は念を押すように訊く。

「愛抱夢は、どうするの?」

 口の中がカラカラだ。唇が戦慄き、なのに声は出ない。

 ランガは相手を試したり鎌をかけてくるような計算高さは持ち合わせてない。ここはなるべく誠実に、正直に返すところだろう。

 深呼吸を繰り返し、激しく鳴る心臓の鼓動を落ち着かせた。

「うん、そうなったら……そうだね。きっと僕は何をするかわからない。どのような手を使ってでも君と君の恋人を引き裂こうとするだろうね。あるいは君を閉じ込めて身も心も僕の支配下に置いてしまってもいい。大袈裟に言っているわけじゃないよ。僕にはそれをするだけの力はあるんだ。覚えておきなさい」

 ランガは流石に困惑した表情で眉を寄せた。

「そ、それは少し困るかも」

 少し困るかも、だと? 何を呑気なことを言っているんだ。少しで済むわけないだろう。

「本気だよ。僕から逃げる?」

 彼は首を横に振った。

「逃げない」

「軽蔑した?」

「別に軽蔑はしない」

 キッパリと否定してくる。

「君に恋をするなと脅しをかけたいわけじゃないんだ。本当に僕は何をしでかすかわからない。君に関して自制できる自信がない。そうなってしまえば政治家という社会的地位も神道家という縛りも、なんの抑止力にならない」

 偽らざる本音だった。

 眉間に指が押しつけられ、ランガの顔がぬっと近づく。至近距離で彼は小さく笑った。

「しわ寄っているよ。もう……何を深刻に思い詰めているの?」

「あ……いや」

「可能性を言ってみただけだよ。今のところ俺、誰かに恋したいとかないし、全くピンときていないから」

 そう言うなりチュッというリップ音とともに唇と唇が軽く触れ、すぐに離れた。目を見開き彼の顔を凝視する。

「恋とか愛とか俺はよくわからないけど、こんなふうに——キスしたくなるくらいはあなたのこと好きだから、あなたのそばから、いなくなったりしないよ」とくるり背を向けた。そして振り向き「変なこと言ってごめんなさい」といたずらっぽく笑った。

 自分の唇を指の腹でそっと撫でる。いつもランガからされるキスは軽く触れるだけのものだ。性的な印象はほとんどない。

 わかっている。これは彼の記憶に深く刻まれている幸せの情景だ。ランガの両親が息子の前で交わしただろう親愛のキス。

 おはよう。いってらっしゃい。ただいま。お帰りなさい。おやすみ。

 それをニコニコしながら眺めている幼いランガの愛らしい笑顔が目に浮かんだ。

 そんな永遠に失ってしまったたものを、決して取り戻すことはできないのに、それでも求めずにはいられない。彼の喪失感はそれほどまで大きい。

 それがわかってしまったから、この形のキスから一歩も踏み出せないでいた。少なくても自分からは。

 そこまで思考を巡らせ、はたと気づく。これはもしかして……試されたのだろうか? いや、そんな器用な子ではない。ランガの無自覚で率直なサインだ。

 そう都合よく解釈し、ランガとの触れ合い方——とりあえずは彼とのキスから変えていった方が良いのだろうと思い至る。今まで自分から積極的にキスを仕掛けることはなかった。らしくもなく完全に受け身だった。もしかしてランガはそれが不満だったのではないだろうか。

 それから——驚かさないよう怖がらせないように変えていくことにした。ランガは最初こそ戸惑った様子を見せたものの受け入れてくれた。そしてすぐに慣れ、会うたびに彼と交わすキスは深くセクシュアルなものに変化していった。


 約束の夜、窓を見ればカーテンの隙間から灯りが漏れていた。口元から思わず笑みがこぼれる。信じていたのになぜか安堵してほっと息を吐いた。

 玄関のドアを開ければ「おかえりなさい」とランガは迎えてくれた。

「やあ来てくれたんだね」

「うん、来たよ」

 歩きながらジャケットを脱ぎハンガーにかけネクタイを引き抜いた。襟元を緩め、チラリと見れば、ランガは抱きついてきた。

 ギュッと抱きしめれば、いつものシャンプーの匂いがふわりと立ち上がった。

 チュッと軽く唇を合わせてから「シャワー浴びたんだね」と言った。

「先にシャワーで汗を流して待っていろって、あなたが言ったんじゃないか」

「そうだったね」

「パジャマ借りたから」

「それは君専用のパジャマだからもう君のものだよ」

「そうなんだ」

「僕もシャワーを浴びてくるから少し待っていて」

 抱きつく腕をそっと外しながら言えば、彼は悲しそうに睨んできた。

「今どうしても浴びないとダメ?」

「汗かいたからね。においそうで、いやだろう?」

 ランガは真っ直ぐな視線を向けてくる。

「気にしなくていいよ。俺、あなたのにおい嫌いじゃないから」

「そうか」

 君がそれでいいのなら、と彼を抱き上げた。


 照明を抑えた寝室。床から夕暮れどきと同じ色彩の光が壁面を登り柔らかな間接光を落としていた。この部屋は光源が直接目に入らないような快眠設計になっている。

 ベッドの上にランガを横たえ見下ろす。ぼんやりとした薄明かりの中、青く澄んだ瞳が愛之介をじっと見つめていた。

 白く透き通るような肌。すっきりとした目元。細い鼻梁。形の良い唇。それらのパーツがバランスよく配置されている。ランガは会うたびに美しくなっていく。——いや、そんな陳腐な賛美の言葉では言い表せない。

 あの運命の夜、ラブハッグを仕掛ける自分の頭上を高く飛んだランガの背に広がる白い羽根を幻視した。彼は天上から降りてきた天使でありイヴなのだと確信した。

 パジャマのボタンを外し胸を開いていった。

 その手首をランガは掴み「自分で脱げるから——あなたもちゃんと脱いで欲しい」と体を起こし袖を引き抜きにかかる。

 はいはい了解。と愛之介もシャツ、スラックスとベッドの下へと脱ぎ落としていった。ほんとうは自分の手で脱がせたかったのだけど譲歩した。

 一瞬迷ったような様子でチラリと愛之介に目をやって、下着に指をかけたランガを制止する。

「いきなりそこまで脱がなくてもいいよ」

 多分だが、能動的に自分から動こうとすることで緊張を紛らわせているのだろう。なんといじらしいことか——などという心の声が聞こえたのなら君は怒るだろうか。

 緩む口元をキュッと引き締めた。

 では仕切り直そう。

 ランガをベッドに押し倒し唇を重ねた。緩く閉じられた唇を吸うとわずかに隙間ができる。すかさず舌を差し入れ、もっと開くようにと促した。ランガは愛之介の要求に応じ、舌は歯列をくぐり抜け口腔内へ。熱く濡れた舌と舌が絡み合い、ディープキスは徐々に激しさを増していく。たまに聞こえる鼻から抜ける声は苦しげで、それでいて悩ましい響きで官能を刺激した。

 やがて息苦しさからかランガは頭を振り逃れようとし、愛之介はそっと唇を外した。肘で体を少し持ち上げ見下ろせば水面のような青が覗いたけれどゆらゆらと焦点が定まっていない。

 空いた方の手で首から胸までゆっくりと滑らせる。しっとりと汗ばんだ肌が手のひらに吸いつき、ランガはくすぐったそうに身をよじった。

 薄い脂肪がしなやかな筋肉を覆っている。しっかりとしたアスリートの骨格。女の肌の柔らかさとは違う弾力だ。

 やがて手のひらが胸の突起を掠めるとランガは息を詰めた。揺れる瞳に戸惑いがありありと見てとれる。胸に唇を寄せた。舌先が乳首を捉えると同時に彼は「ひっ……」と背をしなわせた。

 引き締まった筋肉の中で、そこだけは柔らかい。舌先で突起を転がし、つぶして、強く吸った。左右の乳首を交互に、飽きることなくもてあそび続けた。

 彼の指が頭を掴み髪をくしゃくしゃとかき混ぜたが、引き剥がそうとはしなかった。

「ひゃっ……ん…あ……ぁん」

 忙しなく乱れた息に混ざる小さな喘ぎが、いつしか甲高い悲鳴のような鳴き声に変わっていく。

 自分以外の誰かに愛撫させたこともない、固く閉じた蕾のような肢体で、そんなに感じられるはずはない。だから体が感じているのではない。心が感じているのだ。

(そうだろう? 全身をまさぐる手指が、這い回る唇が誰のものか——君は知っている。そしてこれから僕に犯されるだろうことも)

 そう思うとたまらなく愛おしい。

 体を少し起こし「ランガくん」と呼べばうっすら開いた瞼に、潤んだ青い瞳が覗いた。

「何も一気にこの行為を進める必要はないよ。今夜はここで一旦やめて——また次の機会にしてもいいんだ。どうする?」

「やめない」

 掠れた声で強く主張する。わかっていた。一応確認しているだけだ。少し意地悪いが。

「とても個人差があることだから、辛かったらそう言ってね」

「いい。だって俺ちゃんと理解して来たんだ。あなたには、やりたいようにやって欲しいんだ」ランガはフイッと顔を横に向け視線を逸らした。「だから——好きにしていいよ」

「ふうん……君にひどいことをしても?」

「しつこい。それ以上言うと怒るよ」

 その反応に思わず苦笑し、彼の頬に唇を落とす。

「では僕は僕の欲望に忠実になろう」


 ランガをうつ伏せにしボクサーパンツに指を掛け足から引き抜いた。むき出しになった白い尻たぶを左右に開くと固く閉ざされた扉が見える。色素の薄い綺麗な珊瑚色だ。まだ誰にも触れられたことのないそこへそっと指をあてがえば、それだけでランガはピクリと体を震わせ甘い吐息を漏らした。神経が集中しているこの周辺は性感帯と考えても敏感だ。

「ここ柔らかくほぐさないとね」言いながら潤滑剤のローションを両手で擦り合わせ体温であたためた。それを塗り込みながら人差し指をゆっくりと挿しこんだ。

「つっ……」

 ランガが全身を強ばらせたことで指をいったん引き抜いた。

「痛かったね」

「大丈夫」とランガは強がってみせるけれど緊張は隠せない。これはなかなか手強そうだ。

 ローションをたっぷり垂らし、もう一度人差し指を挿し入れた。挿入を深くしてみるが、緊張もあってか指一本でもきつい。時間をかけてやったほうがよさそうだ。

 そう、大切なイヴの体を傷つけないように。

 ローションを足しつつ指の本数を増やし、慎重にほぐしていく。ときたま、くちゅ……と卑猥な音が静かな夜気に吸い込まれていった。

 腰をくねらせ無意識に逃れようとする体を押さえ、愛之介は執拗に愛撫を続けた。ランガの息が乱れているのがわかった。声を上げまいときつく結んだ唇は愛之介の指の動きひとつであっけなく開き——漏れた声はごく小さかったにも関わらず、悲鳴のような鋭さと淫猥さを内包していた。

「素敵な眺めだね。淫らな君もラブリーだよ」

 埋め込んだ指を蠢かしなが言えばランガは枕にぎゅっと顔を押しつけた。揶揄ったつもりはなかったのだが、やっと自分の媚態を自覚できたのだろう。

 指を引き抜き、自分の下着を脱ぎ捨て、背中から覆い被さろうとしたが思いとどまり、ランガの体を仰向けになるようひっくり返した。

「え?」

 怪訝な表情で愛之介を見るランガと目が合った。光度を抑えた間接照明が、彼の表情にやわらかい陰影をつくっていた。

「君の顔を見ていたいんだ」

 ランガの両膝の裏を持ちあげ肩に乗せ、体を折り曲げながら慎重に体重をかける。亀頭がすっと入った。入念に慣らしたおかげか意外にも抵抗は少ない。思い切って、ぐっと強く体重をかける。

 一気に貫かれる衝撃にランガは喉を反らし小さく呻いた。

 痛い? と訊けば彼は「大丈夫」と首を左右に振った。

 まったく痛みを感じてないわけではないだろうことは、表情を見ればわかる。それでも中断するほどでもないようで、ほっと胸を撫で下ろし愛之介はさらに腰を進めた。

 コンドームを通しても伝わってくる熱い粘膜がぴたりと吸いつく。絡み抵抗する肉壁を押し分けさらに奥へと腰を進めた。欲望のまま激しく動いたらすぐに達してしまいそうだ。

 愛之介は中に突っ込んだままひとまず動きを止め自分が組敷いている少年の顔を眺めた。潤んだ青い瞳は虚ろで、半開きになった口から漏れる嗚咽に似た喘ぎ。

 すべての思考を放棄し、無防備に身を委ね、蹂躙される快楽に流され溺れているのだ。それは、この少年が自分の手中にあることを強く感じさせ、愛之介を満足させた。

 再び腰を動かし始めれば、何かを訴えるかのように、ランガの唇が戦慄く。察して愛之介は、彼の膝を胸に押しつけるように全体重でのしかかり唇にキスをした。ランガは愛之介の背中に強くしがみつき、愛之介は腰を激しく打ちつけながら唇を貪った。

 やがて、腕の中でランガは全身を震わせ、それと同時に目の前で白い火花が炸裂した。強い快感と爽快感ののち、がくりとランガの上に崩れ落ちた。

 荒い呼吸が落ち着いたころ重い体を持ち上げる。肩からすとんと滑り落ちたランガの脚が、白いシーツの上にぐったりと投げ出された。

 見れば、彼の腹や胸に白濁した精液が飛び散っていた。それをタオルで拭ってやる。

 ランガの頬に手のひらをあてれば、うっすらと目を開け気怠げにほほえんだ。


 ベッドから降りようとすると手首を掴まれた。

「さすがにシャワー浴びさせて」

 それでも離そうとしないランガの顔を見れば唇を尖らせ瞳で何かを訴えている。

「ひとり残されるのが寂しければ一緒に浴びよう。さっぱりするよ。どうかな?」

「わかった」

 こんなふうに甘えてくれるのはとても嬉しい。


 シャワーでさっぱりしてパジャマに着替え、ベッドに倒れ込むとどっと疲労が押し寄せる。ランガは体をすり寄せながら、愛之介の胸に頭を乗せてきた。

 頭を撫でていると彼は「暦になんて言おう」とぽつりと漏らした。

「報告するの?」

「話していいの?」

「それは君が決めることだ」

「そうだよね」少し考えている様子でしばし黙り、それから胸に顎を乗せ顔を上げ「聞かれれば別だけどわざわざ報告なんてしないかな。暦もそんなこと訊いてこないと思う。だって、これ俺のプライベートな問題だし」と言った。

「そうか」

「あとさ。感想言っていい?」

 初体験の感想ってことか。聞きたいような聞きたくないような。

「君が話したければどうぞ」

「気持ちよかった」

「それはよかった。僕もだよ」

「でも……まだなんか……変な感じ」とモゾモゾしながら自分の手で尻をさすった。

「慣れだからね。ただ……」と彼の頬に手を当てニヤリと笑う。

「ただ?」

「うん、まあ明日内股で歩いたりしないようにね。それで疑われるよ」

「内股で歩く?」

「pigeon-toed walking」

「何それ?」

「初めてのセックスの直後歩くとそうなるとなんてことをまことしやかに語るおじさんたちがいる」

 口に出してからしまったと思う。あまりにもおじさん臭い。ランガは「へえ」と何故か感心しているが、セクハラオヤジに片足を突っ込んでいるのかと思うと戦慄する。

「ただのデマ。都市伝説だから忘れて」

 パジャマ越しに彼の温かい息がかかる。

「うん。でもさ世界がガラッと変わるとか、違って見えるとか、そんなことないんだなって」

「そりゃね」

「あと……嬉しかっ……た」

 胸の上で欠伸混じりの声が響いた。

「ん?」

「あなたと……ひとつに……すぅー」

「ランガくん」

 そこから先は、気持ち良さそうな寝息しか聞こえてこなかった。

 ため息しか出てこない。愛之介は、ランガの頭を胸からそっとおろし、髪をいじりながら目を閉じた。

 キス、愛撫、激しい情交。射精とオーガズム。それは気が遠くなるような悦楽を与えてくれた。だが、それよりランガが自分をただ受け入れてくれたことが嬉しかった。これ以上の幸せがあるだろうか。

 寄り添い、体温と吐息を感じながら愛之介は目を閉じる。多幸感に包まれ、穏やかな眠りへとゆっくりと落ちていった。