週末

 疲れた。上着を放り投げソファーにどしりと腰を沈めて目頭を押さえる。それからスマホを取り出してしばし迷う。この時間もしかすると寝てしまったかもしれない。声を聞きたかったけれど諦めよう。メッセージを送ることにした。起きていれば折り返し電話をしてくるだろう。

〈Adam:Happy birthday! Langa!!〉

〈Adam:今は通常国会の真っ最中なんだ。この埋め合わせは必ずするから許してほしい〉

 メッセージを送信して数秒で通話の呼出音が鳴った。

「ランガくん?」

 ——「こんばんは、愛抱夢」

「やあ、こんばんは。あらためてお誕生日おめでとう。直接会ってお祝いできなくてすまないね」

 ——「ありがとう。愛抱夢は忙しいんだから気にしなくていいよ。今日は母さんと暦に祝ってもらってケーキを食べたんだ」

 言い終えると同時に写真が送られてきた。その写真を目にした瞬間、耳の奥でピキーンと鋭い音が鳴ったのは気のせいではないだろう。ランガを挟んで彼の母親と赤毛がにこやかな笑顔で写真に収まっていた。ランガは二人に抱きつかれてか若干困惑した表情に見えた。

 母親はまあいいとして、おい赤毛、ベタベタするんじゃない。どうもこの赤毛はランガ——だけではなく人との距離が近すぎる。ふと自分にまとわりついてきた悪夢のトーナメント準決勝の記憶がよぎりそうになり意識を逸らした。

「そう、よかった。安心したよ。寂しい誕生日だったんじゃないかと心配していたから」

 いっそ寂しかった方が慰め甲斐があったのに——なんてろくでもない考えを振り払った。ああ大人の対応をができたとも。

 ——「大丈夫。少なくても母さんは毎年祝ってくれるよ。実は俺、自分の誕生日だって忘れていたんだ」

 クスクスという笑い混じりの声。

「そんなものかもしれないね」

 ——「母さんからケーキ買ってきたからって連絡をもらって、そういえば誕生日だったって。ホールで買ってきちゃったから、もし暦の都合がよければ招待して、って。それで三人で。あ、暦も忘れていたというか、俺の誕生日は覚えているけど今日がその日だなんて意識していなかったんだ。当事者の俺が今日何日か気にしていなかったんだから当たり前だよね」

「それは無理もない。女子じゃあるまいし。男なんて仲の良い友人の誕生日ですら知らないのが普通だから覚えているだけでも珍しいよ」

 ——「俺と暦、ピッタリ半年違いだから覚えやすいんだ。だからお互いの誕生日は何月何日ってすぐに答えられる。でもその日は気がついたら過ぎていたりとか」

「僕は今日が君の誕生日だってずっと前から頭にあったよ」

 ——「それは、ほら愛抱夢だから」

 それは誤解だ。〈僕だから〉ではなく〈ランガくんの誕生日だから〉だ。友人、例えばジョーやチェリーの誕生日がいつなのかなんてことも気にしたことはない。それもお互い様だ。

「君のことはなんでも知りたいしいつも君のことが頭にあるだけだ。もっとも頭にあったところで国会と重なるからどうやっても都合つかなくて悔しかったけどね。直接お祝いできないことにしばらく落ち込んだよ」

 ——「お大袈裟だなぁ。あのさ、俺がうんと小さいころって今より誕生日が重要イベントだったんだ。誰でもそうか。父さんも母さんもその日は空けるようにしていたけど、どうしても仕事の関係で父さん、俺の誕生日に家に居られないこともあって。でも楽しみが少し伸びただけなんだ。それまでのワクワクが長くなったなんて、なんか得した気分だよね」

「なるほど。それでは僕に会えるまでワクワクしていてくれる? サプライズを用意しておくよ」

 ——「わかった」

「金曜日の夜には一旦沖縄に帰る。会えるかな。金曜日の夜か土曜日か日曜日。どこか空けておいて」

 ——「うん。スケジュール見ておく。なんかワクワクしてきたような、気がする」

 最後の〈気がする〉が余計だ。

「さて、君はそろそろ寝る時間だろ? 僕はもう一仕事してからだ」

 ——「あ、こんな時間だ。じゃあおやすみのキスを——チュッ!」

 スマホから聞こえてきたリップ音は妙に刺激的で愛之介をドキドキさせた。続いてランガのつぶやきが聞こえてきた。ごく小さな声で「勝った」と。

 吹き出しそうになる。この子はいったい何と勝負しているのか。確かに電話越しのキスで先を越されたのははじめてだったと記憶している。

「おやすみランガくん。良い夢を」

 愛之介は電話越しのキスをランガに返し通話を終えた。

 当日、どんなサプライズを用意しようか、どうやってランガを楽しませようか、それを考えるだけでワクワクする。当然一緒に滑ることは外せない。

 週末が心の底から楽しみで仕方なかった。