仔犬

「かわいい!」

 スマホ内のアルバムには笑顔で仔犬を抱いた愛抱夢の姿が写っていた。少々抱き方がぎこちなく感じるのは気のせいではないだろう。

「かわいいだろ?」

「犬飼うの?」

「いや、飼わないよ。飼ったとしても東京とこっちを行ったり来たりでは使用人に世話を任せっきりになってしまうしね。それは無責任過ぎるだろ。東京の知人が琉球犬を飼いたがっていて案内したんだ。そのときの写真だよ」

「琉球犬?」

「縄文犬の一種で天然記念物」

「じょうもんけん?」

 ランガは首を傾けた。

「縄文時代という古い時代のからいた犬のことだよ。縄文時代って学校で習わなかった?」

「習ったような……そんな古い時代からいる日本の犬ってこと?」

「そうだね。本土の日本犬——海外でも人気の芝犬とか秋田犬よりもっと古い先史時代からの狩猟犬ということだ。DNAを調べてみると北海道犬と極めて近いらしく本土にいた古い縄文犬が北と南にそれぞれ追いやられたというのは興味深い話だよ」

「へえ」愛抱夢はほんと博識だといつも感心する。「色々なことよく知っているなぁ」

「付け焼き刃の知識だよ。僕もブリーダーから説明を聞いて今日はじめて知ったことだからね」

 もう一度スマホに視線を戻す。仔犬の写真はたくさん撮ったようで他も全て見せてもらった。虎模様になった毛並み。舌を出しつぶらな茶色の瞳がじっとランガを見ていた。ふと親友の面影が重なった。

「そうか。この仔犬暦に似ているんだ!」

 弾んだ声だった。しまったと思うがときすでに遅し。

 愛抱夢は暦の名前を耳にすれば微妙な表情になるように感じていた。恐る恐る顔を向ければ案の定だ。それでも目が合った瞬間すぐに彼は何事もなかったようにニコッとランガに笑いかける。

「赤毛くんに似ている?」

「う、うん。赤っぽい毛並みとか……特にこの丸い目。沖縄の犬だからかな」

「言われてみれば確かに赤毛くんに似ているかもしれないね」

 素直に肯定されてホッとする。全力で否定されるかと思った。

「愛抱夢もそう思う?」

 目尻を下げ、うんうんと彼はうなずいた。ただ何故かさっきから笑顔が、なんというか張り付いているように見える。もしかして大人の余裕を見せようと平静なふりをしている——と思わないでもなかったが考えすぎだろうか。

「ねえランガくん」

 その優しく響く声音のわざとらしさにピクリと肩がはねる。彼の笑顔は相変わらず固定されたままだ。いやーな予感がした。

「な、何?」

「今日ね、君と人生を共にできるのなら犬を飼うのも悪くないと考えていたんだ。だけどそんな機会があっても琉球犬だけは飼わないことにしたよ。今そう決めたんだ」

 ランガは心の中で「もっと大人になろうよ」と嘆息するしかなかった。