タンポポ

 神道家別荘の庭にウィールの振動音が響いていた。ボトムから一気に上昇カーブを上りキッカーから飛び、ボードを掴みながら体をぐるりと回転させる。大きく回る視界の片隅に、小さな花をとらえた。なぜかその花だけがぼうっと光って見えた。まるでランガの目に留まるよう主張しているふうに。

 不思議に思い、着地してからなんとなくその花を見かけたあたりに視線をやった。

 あった。

「ねえ愛抱夢。あれ……」

 ランガが指差した方に愛抱夢も目を向けた。

「ああ、雑草が目立っているか。冬の間放置していたからね。そろそろ草取りしてもらわないとダメだな」

 確かに草が生い茂りはじめていた。気温が徐々に高くなっていく三月にもなれば雑草も伸び放題になる。少しでも放置すればあっという間に庭は雑草だらけになり観賞用の園芸植物は埋もれてしまう。

 神道家本宅の庭は手入れが行き届き雑草ひとつ生えていないのだが、この別荘はそこまで手をかけられないのだ。

「ん、そうじゃなくて、花が咲いている」

 愛抱夢は、ん? と眉間に皺を寄せしばし目を凝らしていた。そしてやっと見つけたらしい。

「タンポポなんて珍しくもないだろう。それともカナダにはないのかな?」

「タンポポ——dandelion?」

「そうだよ」

「もちろんあるよ。放置すると庭がタンポポだらけになるって父さんがこぼしていた。でも俺が知っているタンポポって黄色だけどこれは白い——よね?」

「ああ、なるほど。一般的にタンポポといえば黄色か。最近は黄色い西洋タンポポが幅を利かせているとはいえ、この辺りは白いタンポポも珍しくないんだ」

 白いタンポポ——シロバナタンポポは関東から西の地方で自生する。関東あたりだとかなり珍しいのだが、もっと西へ行けば普通に見ることができる。世界的にみてもタンポポといえば黄色のイメージが染み付いていて、ランガも同じだった。

「そうなんだ」

「ということでただの雑草だ。まとめて刈らないとね」

 どんな花が咲こうが庭には邪魔な雑草でしかないらしい。

 それでも——と、ランガはもう一度白いタンポポの花を見る。

 清楚な白。確かに華やかさはなく雑草の中に紛れぼんやりと目立たない。愛抱夢も目を凝らしてやっと見つけたくらいだ。

 それでも……

「あの花、なんか愛抱夢に似ている」

 ふと感じた印象を考えるより早く口に出していた。

 愛抱夢が「え?」という顔をしてランガの顔をのぞき込む。愛抱夢と目が合ったランガも今自分が口走ってしまったことに困惑していた。

 あの白い質素な花と愛抱夢のどこに共通点が? 冷静になればさっぱりわからない。

 シャドウと知り合うまで花にさほど興味があったわけではない。まして男を花に例えるなどという発想はなかった。

「ん? そう見えるの。どこが僕らしいのかな。僕は良い例えならバラのような原色で派手なイメージの花って言われるし、ひどい例えだとラフレシアとかトリカブトなどの毒草とか食虫植物みたいな言われようだったりするんだ。ジョーやチェリーあたりだけどね」

 愛抱夢といえば赤いバラ。バラでなくても華やかで自己主張の強い鮮やかな原色の花のイメージなのだろう。

 この白いタンポポはそれとはあまりにもかけ離れている——なのになぜ?

それでもやはりどこか愛抱夢と似ている気がする。だけどどこが?

 ランガにもそう感じてしまった理由がまったく見当つかなかった。

「ごめん。こんな雑草みたいだなんて気分害した?」

「いや、全然。ただ不思議だっただけだよ。それより君はこの花が好きなの?」

「うん、好きだよ。なぜかとても気になるんだ。雑草の中であの花だけが輝いて見えた」

 愛抱夢は嬉しそうな笑顔を見せた。

「君が好きなものに僕を感じてくれている——そういうことなら何の問題もない。とても君の愛を感じるよ」

 ランガはほっと息を吐いた。

「よかった。だからあの花……」

 そこまで言ったところで愛抱夢はすぐに察してくれた。

「わかったよ。あのタンポポだけは刈らないようにするよ」

 ランガは「ありがとう」とほほ笑んだ。


 ふたりともまだ知らない。もしかすると今後も知ることはないかもしれない。

 白いタンポポの花言葉——私を探して、そして見つめて。