笑顔が見たくて

 嫌な夢にうなされ飛び起きた。上半身を勢いよく起こしてしまい、慌ててかたわらで毛布にくるまっているランガへ視線を落とす。安らかな寝顔にホッと胸を撫で下ろした。

 夢の中のランガは自分の前ではニコリともしなかった。それなのに赤毛の友人と楽しげに笑い合っている。そのことを愛之介は悩み苦しみ、絶望感に打ちひしがれていた。

 なぜ今更そんな夢を見させられたのだろうか。

 ランガの水色の髪をそっと撫でる。彼は恋人としてこうして愛之介のそばにいる。いつも笑いかけてくれるではないか。

 あーもうバカバカしい。

 愛之介は軽く舌打ちをして頭をボリボリとかいた。


 これはトラウマの一種だ。

 昔S以外でランががどう過ごしているのか、何か困ったトラブルに巻き込まれたりしていないか心配でドローンを使い見守っていた時期がある。そのドローンが撮影した映像の中に、見たこともないような彼の笑顔があった。いかにもその年頃の男子高校生らしい、友達同士で笑い合う屈託のない自然な笑顔だ。心から楽しそうな。

 え? それは、盗撮だろうって?

 違う。見つからないように撮影したのは、ランガに余計な不安を与えないためだったんだ。驚かせてはかわいそうだと考えた。ということで気配を消し静かに撮影させた。当然の気遣いだ。

 近づきすぎるとドローンのプロペラ音が聞こえてしまうかもしれない。その対策にさまざまなテクニックやテクノロジーを駆使させてもらった。それについては忠に爪の先ほどは感謝している。そこそこ有能な秘書だと認めよう。

 さて、話を戻そう。

 ランガの笑顔だが、腹立たしいことに赤毛に向けられていたのだ。

 当時、無性に腹立たしくイラついたことを覚えている。それこそはらわたが煮えくり返るほどに。その怒りはランガへではなく赤毛へと向けていた。

 ああ、言いたいことはわかっているとも。大人気ない——だろ? その通りだ。当時の自分はなんと余裕がなく見苦しかったことか。

 もちろん今はもう大丈夫だ。


「愛抱夢?」

 かけられた声に視線を下ろす。

「やあ、お目覚めかい? おはよう。ランガくん」

 ベッドから立ち上がり、窓のカーテンを開けた。白い朝日が差し込んでくる。

 ランガは眩しそうに目を細めた。

「おはよう。朝だね」

 桜色の唇が笑みを浮かべ、青い瞳が愛之介に向けられた。そのほほ笑みは早朝の白くけぶる光の中へとゆっくり溶けていく。

 ああ、そうだ。あのときの笑顔はあの赤毛のものだ。くれてやろう。だが今ここにある優しいほほ笑みは、自分だけのものなのだ。