こだわりのチョコレート

 男は、今日はバレンタインデーだからね——と、そのプレゼントを渡してきた。

 もらったギフトボックスを膝に乗せて赤いリボンを解いていく。

「日本のバレンタインデーはチョコレートが基本だね。しかも女性から男性に贈る。君の故郷カナダは違うだろう」

「チョコレートを贈る人は多いけど日本のようなこだわりはないかな。父さんは母さんに赤い薔薇とアクセサリーとかのプレゼントを渡していたよ」

 ボックスの中身は想像したとおりチョコレートだった。ただ——

「このチョコレート、なんか愛抱夢らしくないね」

 愛抱夢は眉を上げた。

「そうかな。どういうところが?」

「あ……ごめん。悪い意味じゃなくて。なんかすごくシンプル。愛抱夢はもっと華やかににデコレーションしたものを選びそうなイメージがあるから……」

 そう、中には一口サイズのしかも何の飾り気もない正方形の薄いチョコレートだった。よく見れば微妙に違う——全部で三種類か……

「まあそう思われていることはわかっているよ。でもそれだと意外性もなくてサプライズにならないだろう」

 確かにこの愛抱夢らしくないシンプルなチョコレートはある意味サプライズだ。

「うん。意外だった」

「食べさせてあげよう。まずは一番オーソドックスなのを——口を開けて……」

 言われて口を少し開く。愛抱夢はボックスから一つとり出し、ランガの頬に指を添え口の中に入れてくれた。そのチョコレートはねっとりと舌の上でとろけて絡まる。甘いだけではなくほろ苦くフルーティな酸味が、爽やかな香りとともに口の中いっぱいに広がった。

 なにこれ。こんなチョコレート食べたことない。ランガは目を見開いた。

「チョコレートってこんな味がしていたんだ」

「ふふふ……驚いたかな。このチョコレートは沖縄で収穫されたカカオと砂糖を使い、カカオ豆の焙煎からの全工程を小さな工房で行ったビーントゥバーチョコレートなんだ。原料はそのふたつだけ。だから本来のカカオの美味しさを味わうことができるよ」

「へえ、沖縄ってカカオが採れるの?」

「ギリギリ栽培できるかできないか程度の緯度にある。まだ一般流通に乗るまでには行かないらしく数量限定のチョコレートだよ。君のために前々から予約していた」

「わぁ……そんな貴重なものをありがとう」

「どういたしまして。三種類の味は、ごくシンプルなチョコレートのほかに、砂糖に黒糖を使ったものと、もう一つはカカオニブを混ぜて歯応えを出したものだよ」

「あの……愛抱夢。これ、母さんにも食べさせてあげてもいい? 俺のためにくれたのはわかっているけど、こんなに美味しいんだから……」

 愛抱夢は顔をくしゃっとさせて笑った。なんか嬉しそう。

「もちろんだよ。君がお母さんにも分けてあげたいほど美味しいと思ってくれたなんて、僕は感激したよ」

「ありがとう。でも、俺……愛抱夢にプレゼントなにも用意していないけど……」

「それは用意しないでと僕が、お願いしたんだから。気にしないで。なぜなら——」

 愛抱夢はポケットから赤いリボンを取り出す。そのリボンはチョコレートの箱に巻いてあるものと同じものに見えた。そして、ランガに向かって四本の指をクイっと曲げ、もっと近くにというハンドサインをしてくる。素直に顔を近づけたランガにすかさず首の後ろからその赤いリボンを巻き「動かないで。少し顎を上げていて」と、前で蝶々結びを作ってきた。

 え? とリボンに触れる。

 意味がわからず愛抱夢を見れば、悪戯に成功した子供のような顔をしていた。

 彼の指がランガの襟足を掴み、すぐに唇が重なった。唇が離れ、ほっと吐いた息から甘いカカオの香りが鼻に抜けていく。

「バレンタインデーには君をプレゼントしてもらおうと決めていたんだ。僕が欲しいのは……ランガくん一択だよ。いやかな」

 ランガは微笑んで首を横に振り愛抱夢の首に腕を絡め、今度は自分から彼の唇にキスをした。