ジェラシー

「汗を流そうか。一緒に入ろう」

「えっと……」

 口篭ってしまった。愛抱夢と一緒の風呂なんていつものことだ。バスタブにゆっくり浸かってのスキンシップの時間は楽しかった。

 でも……今はうっすらとした違和感に躊躇している。

 返答に窮していると肩をやんわり抱かれ手を取られ、そのまま脱衣室に案内された。

 どうやら有無を言わせる気はないらしいのだが、心なしかいつもより紳士的な気がする。エスコートされているような印象だった。

 気のせいだと自分に言い聞かせ服を脱いでいく。

 

 シャワーのバルブを締め愛抱夢はランガの頬に手を当て柔らかく微笑んだ。

「キス……しようか」

 黙って頷くしかなかった。

 顔が近づいてくる。瞳はよく知る深紅。

 愛抱夢はランガのうなじを掴んで口づけた。触れてくる唇の感触もよく知る愛抱夢のそれだ。間違いない。

 それでも——

 ランガは唇を振り解きからだを離した。

「あなたは誰?」

 愛抱夢によく似た男の口角がスッと上がる。

「何を言っているのかな。僕は愛抱夢に決まっているだろう」

「違う……」

 男は顎を上げ、目線を下げランガを見た。

「根拠は?」

「ないけど……愛抱夢のことは俺、よく知っているから」

 半歩下がれば背にひやりと冷たい壁が触れた。

「ふむ……バレないで最後までことを進められると思っていたんだが——残念だ。君はいつから気がついていた」

 やはりこの人は愛抱夢ではない。

「部屋に入ってすぐに。そんなはずはない——と自分に言い聞かせていたんだけど、だんだん気のせいとは思えなくなって……」

「それでは仕方ない。自己紹介をしようか。はじめましてランガくん。僕の本当の名は愛之介。君の恋人愛抱夢は僕の愚弟。僕たちは双子なんだ。ただ愛抱夢という名も嘘ではないよ。君の恋人の愛抱夢だって偽名だろう。僕も愛抱夢という同じ偽名を使っていたのも本当なんだ。弟と同じ偽名を名乗っていたことは、まったくの偶然さ」

「アイノスケ……」

「呼びづらかったらアイでもいいよ。アメリカではそう呼ばれていたしね」

 双子の兄がいるなんて、そんな話聞いていない。愛抱夢はなぜ教えてくれなかったんだろう。

 そんなランガの疑問を察したのか愛之介は話を続けた。

「まあ詳しくはおいおい説明するとして、僕たち兄弟は別々に育てられた。お互いの存在を知ったのは成人してからさ。そのときすでにふたりとも〝愛抱夢〟と名乗っていたんだ。双子は別々に育てられても思考も嗜好も似るというけど笑っちゃうだろう」

「そうだったんだ……」

「さあ、続きをしようか」と肩を掴み、そのまバスルームの壁にランガの背中を押つけると強引に唇を奪ってきた。

 混乱する。どうしていいのかわからない。拒絶しなければいけない——と頭では理解しているのに反応できない。からだが動かない。

 だってこの人は愛抱夢ではないのに愛抱夢と同じ顔で笑い、同じ声で話す。

 強く吸われ、わずかに開いてしまった唇から熱い舌が穿たれた。舌から感じる独特の刺激とにおい——これも同じだ。タバコも同じ銘柄なのか。

 貪るようにされるディープキスは一気にに激しさを増していき頭がくらくらした。

 それだけではない。彼の指は乳首を弄び、空いたほうの手のひらで尻から太腿を撫で上げている。

 突然脚の力が抜けガクリと膝から崩れ落ちてしまった。愛之介はそんなランガのからだを抱き留めながらゆっくりと床に座らせた。

 ランガは両手を床につき、うなだれたまま肩で息をしている。愛之介はランガの顎を指で持ち上げた。

「白い肌がうっすら色づいて……良い表情で僕を誘惑してくるね。君は」

 ランガは目を見開き眉を吊り上げた。

「誘惑なんてしていない」

「しているさ。君はね、僕に犯されたいんだ」

「違う」

「違うものか。からだは正直だよ」

 彼の指先がつっと胸を滑った。たったそれだけの刺激で肩がビクッと跳ね、からだの芯が熱くなる。

「それは、あなたがあまりにも愛抱夢に似ていて、混乱しているだけだ」

 そして、スゥーと息を吸い、声を張り上げ主張した。

「だって俺が好きなのは愛抱夢なんだ!」

 愛之介はおどけたように眉を上げてみせた。

「もちろん知っているさ。そんな当たり前のこと」

「だったら……」

 唇を彼の人差し指が塞ぎ、続く言葉を遮った。

「君が愛抱夢を好きなら、同じくらい僕のことも好きになるよ。愛抱夢の愛を受け入れているのなら、僕の愛も受け入れられるはずだ」

「どうしてそんなことわかるんだ」

「それは〝自明の理〟だからだよ」

(〝じめいのり〟ってなんだ?)

 ランガが言葉の意味を理解していないことを察した愛之介は——

「〝自明の理〟とは世界の真理という意味だ。説明するまでもなく誰でもわかる常識のこと」

 世界の真理って……常識って……大袈裟な。そんなはずないだろう。日本語が怪しいランガでもわかる。丸め込まれるものか、と睨んでみせるが、あまり効果は期待できそうにもない。それでも、この男はどこか憎めなかった。そんなところも愛抱夢と同じだ。

「君が抵抗あるのは愛抱夢に申し訳ないという気持ちからだということだね」

 それだけではない——という反論の隙を与えず愛之介は一方的にたたみかける。

「それならこうしよう。弟の許諾を得られれば君は僕の愛を拒否する理由はなくなるだろう。そろそろ愛抱夢がこちらに到着する時間だ。もともと弟は僕を君にきちんと紹介する予定だったんだ。でもちょっとしたアクシデントで遅れると連絡があってね。『ランガくんの相手をしていて欲しい』と懇願されたんだ。かわいい弟の頼みだろう。そんなわけで僕は君をこうして接待していたということ。疑うのなら直接弟に君から確認するといい。それまで僕は君に手を出さない」

「わかった」

「では上がろうか」


 バスルームのドアを開けたら、いつの間に到着していたらしい愛抱夢がそこに突っ立っていて、思わず「うわっ!」と叫ぶと同時に後ろへと跳び退いてしまった。

 心臓に悪い。

 愛抱夢は愛之介をチラリと見てランガに視線を移し、いつものように頭を撫でてくる。しかも……爽やかな良い笑顔だ。まるで動揺している様子はなかった。

「ランガくん。遅れて済まなかった。ところで人のことオバケか何かみたいに反応するのやめてくれると嬉しいな。僕でもちょっと傷つく」

「ご、ごめんなさい」

 一方、愛之介は棚からバスローブをゴソゴソと引っ張り出して「ランガくんのバスローブはこれでよかったのかな」と愛抱夢に確認した。

「ああ、それで間違いない」

 愛抱夢の目の前には、浴室から出てきた、素っ裸の恋人とやはり堂々とした裸の兄がいるのだ。そんな状況にそぐわない呑気な会話に、いくら兄弟仲が良かったとしても普通は修羅場になるはずだ——と首を傾げてしまう。

 愛抱夢に嫉妬心がないわけではない。それどころか嫉妬心や独占欲は強いと思う。暦に対してさえ嫉妬心むき出しにしていたくらいだ。最近はランガの中で愛抱夢と暦の立ち位置が全く違い、どちらが上か下もなく争う理由がないということにやっと納得して落ち着いてくれたけど。

 それなのに、これはいったいどういうことなのだろうか……

「いつからそこにいた?」

「君たちが入ってすぐのはずだよ。気を利かせて少し外へ出て風呂から上がっただろうタイミングで戻ってこようかとも思ったんだけど、つい好奇心から——」

 愛之介は呆れたように嘆息した。

「それでドアの前で聞き耳を立てていたのか。悪趣味だな」

 愛抱夢は満面の笑みを浮かべ、うっとりと宙をに視線をやった。

「ランガくんは僕のことを『好きだなんだ』って叫んでくれたよね。君の情熱的な愛に感激したなぁ……」

 え……そ、そこ?

「聞こえたのはそれだけなのか」

「それ以外は何言っているかよく聞こえなかったな。あとはラブリーな喘ぎ声が聞こえてきて——」

 チラリとランガを見てニッと笑う。

「興奮したよ」

 頬がカーっと熱くなる。

「それより汗を流してきたらどうだ。いつものように長風呂はやめておいたほうがいいと兄から忠告しておこう。待ちくたびれて先に美味しく頂いてしまうかもしれないよ」

 愛之介は言いながらランガを背後から抱き、首にキスをした。

「それは困るな。さっさとシャワーを浴びてくる。お楽しみはそれからにしてくれ」

 お楽しみ? お楽しみって何をするつもりなんだろう。不安しかなかった。


「下半身は敬愛する兄上に譲ろう」

「胸くらいまでは僕の取り分ということでいいと思わないか。おまえは僕が忙しいことをいいことに、今までランガくんを独り占めしてきただろう」

 待て。ふたりともさっきから黙って聞いていれば。人のからだの使用権を勝手に分配しようとしないで欲しい。

「あの……」

 言いかけたランガを見て、愛抱夢はやっと自分の存在を思い出してくれたようだ。

「そうだった。ランガくんの意見も聞かないとね。胸の使用権を僕と愛之介のどちらにくれるのかな?」

 ふたり同時に、僕だよね——と顔を近づけてきた。この人たち何を言っているんだろう。交互に睨みつけた。

「どちらにもくれてやらないって選択も……うわっ!」

 話し終える前に愛之介はランガをベッドの上に押し倒した。

「ランガくんには黙っていてもらったほうが良さそうだ。話がややこしくなる」

 押さえつける愛之介の腕から逃れようとからだを動かしてみるが、その度に拘束する力が強くなっていった。ランガは小さく舌打ちをした。

「無駄だよランガくん。体重と筋力がものをいうんだ。無理やり犯されたくないだろう」

 剣呑な口調の愛之介に、やれやれと愛抱夢はベッドに腰を下ろし言い足した。

「今夜のところは、兄貴の言うことを聞いておいたほうが身のためだと思うよ」

 どうやら愛抱夢は愛之介の味方らしい。二対一。しかも、いつもの倍——いや、相乗効果を考えればそれ以上だ——の愛抱夢成分だ。圧倒的に分が悪い。

「せめて胸は共有ってことで納得してくれないかな」

 愛抱夢が話を戻し、妥協案を提示した。

「わかった。譲歩しよう」

 愛之介と愛抱夢の間で一応の決着はついたらしい。

 先ほどからの流れから考えるに、この状況を積極的に盛り上げようとしているのは愛抱夢だ。それにランガだって愛之介からのキスも愛撫も嫌ではなかった。むしろ気持ちよかった。そのことが愛抱夢に対する後ろめたさにつながったのだが、その愛抱夢がこの状況を望んでいたのだ。

 既にランガが拒否する理由はなく、口出しできる状況でもない。

「照明の光量を落とそうか」と、気を利かせた愛抱夢にランガは「できれば」と観念して答えた。

 部屋は薄闇に包まれた。


 仰向けにされめくり上げたバスローブの裾から愛之介の手がするりと入ってくる。

 愛之介は尻を軽く揉み太腿まで緩やかに手のひらを滑らせた。膝の裏に手を当て、ぐいっと持ち上げる。バスローブの合わせが開き白い腿と尻が露わになった。

 愛之介は持ち上げた膝を肩にかけ、内腿をぺろりと舐めた。

「ひゃっ……」

 ランガは息を詰め背中を震わせた。

 一方、愛抱夢は、枕元に腰かけランガに触れるでもなく二人の様子をじっと眺めていた。

「おまえは、ずっと見物か?」

「まさか。だがこの眺めも実にそそるな。一歩退いたところから、ランガくんを心ゆくまで愛でることができる。しかし、そろそろ——」

 指でランガの額にかかる水色の髪をどかした。

 愛抱夢の親指が唇をなぞる。口が自然に開くのを待って、彼は人差し指と中指で、唇と歯列を割った。すっぽり収まった指にランガの熱く柔らかい舌が絡む。

「ふふ……ランガくんらしくないなぁ。キスをねだらないのかな?」と愛抱夢は指を抜き挿しさせた。

 指を突っ込まれたままのランガは口をもごもごさせることしかできなかった。

「ああ、これでは何も言えないか」と、愛抱夢は笑って指を引き抜いた。

「ほら、ちゃんとして欲しいことを言ってごらん」

「……キス……し……て……」

 愛抱夢は満足そうに笑い、唇を重ね、すぐに舌を口腔内に挿し入れた。

 唇を合わせたままランガの胸もとから手のひらを滑り込ませ、やんわりと撫でる。指が乳首を掠めたとき、ランガは小さく背を跳ねさせた。愛抱夢は動きを止めランガの顔を覗き込んだ。それから、そっと指の腹で乳首を押さえ、緩く揺らす。

「ん……」

 鼻から切なげな声が抜け、その手から逃れようとランガは肩を動かした。

 愛之介は舌を這わせていた内腿から、唇を外し上体を起こし見下ろした。

「さっきも思ったけど、ランガくんの胸は感じやすいね」

「もちろん。もともと胸の感度が良かったというのはあるが、僕の開発の成果でもある。感謝して欲しいな」

 誰が誰に感謝するのだ。そのことは、あまり話題にして欲しくない。なんか恥ずかしい。

「僕が開発する機会を奪っておいて感謝しろとはね。まあ忙しさにかまかけてランガくんを放置してしまった僕に文句を言う資格はないか」

「男でも胸が敏感なの得だからな。最近はランガくんが僕の胸を開発しようと熱心でね」

「兄に向かって何マウント取っているんだか。それなら僕がおまえの胸を揉んでやろう」

「それは今回の主旨から外れるだろう。それに僕はランガくん以外だったら拒否するよ」

 そこで無駄話を切り上げ、愛抱夢はランガの胸に唇を落とした。

 熱く濡れた舌先が硬くしこった突起を転がし同時にもう片方を指の腹が擦っている。

 ランガは小さな悲鳴を上げ、愛抱夢の頭をつかみ引きはがそうとした。けれども、びくともせず、仕方なくグーで闇雲に愛抱夢の頭を叩く。

「痛っ。お願いだから大人しくしていて」と愛抱夢は、暴れる両手首をまとめてつかみ頭上で押さえつけた。

 そうやって抵抗を封じ、彼は口と指をランガの胸に戻す。

 ランガの尻や脚を摩りながらその様子を熱心に眺めていた愛之介が「どちらかの胸は僕にやらせ欲しい」と言い出し、愛抱夢は笑って「胸は共有だったな」と乳首をいじっていた指を離し、兄にバトンタッチした。


 不思議な感覚だった。

 今まで、愛抱夢の愛撫を受け容れていたけれど、ここまで身を投げ出し、されるがままの受動態であったことはなかった。

 性器に触れられてはいない。前立腺を刺激されているわけでもない。ただ、左右の胸だけを二人がかりでもてあそばれている。これ以上、声を上げまいと歯を食いしばってみるが無駄だった。絶え間なく降り注ぐキスや愛撫に、きつく結んではずの唇は、あっけなく解かれる。

 片方が舌先で押し潰されているとき、もうひとつの乳首は歯をあてられ強く吸われる。そんなふうにバラバラに与えられる刺激は意想外で、ランガはその度に喘ぎ全身を震わせ大きく身を捩った。気の遠くなるような快感が容赦なくランガに襲いかかる。繰り返し寄せては返す波のように。

 それはまるで内側からじわじわと侵食していく甘い毒のように、ランガから思考を奪っていった。

 自分はどこを漂っているのか。どこへ連れて行かれようとしているのか。

 何もわからない。

 深い悦楽の淵に堕ちていく瞬間を、ランガは、わずかに目覚めたままの頭の片隅でぼんやりと眺めていた。


「「ランガくん」」

 ふたつの同じ声が同時に名を呼ぶ。

 薄目を開ける。四つの赤い瞳が見下ろしていた。

 愛抱夢が頬に手のひらを当てた。

「大丈夫かな?」

「何が?」

 ランガはきょとんとした表情で、二人を交互に見た。

 胸が冷たいと感じて指で触れる。濡れていた。

 ああ、そうかとやっと思い出した。

「少しばかりやり過ぎたかな」

 そこで、ふたりの目に映っただろう自分の媚態を意識して、ランガは羞恥から目を逸らした。

「僕はそろそろ限界なんだけど。ランガくんは、いける?」

 あからさまに欲情した愛之介の声は低く掠れていた。ランガは目を閉じる。

「うん。俺は大丈夫」

 愛抱夢はサイドテーブルの引き出しを開けローションとコンドームを取り出し愛之介に手渡した。

 愛之介はランガをひっくり返しうつぶせると腰を抱え上げ膝で支えさせた。腰から下をおおい隠しているバスローブをめくり上げる。

 尻から太腿が露わになり、夜気がひやりと肌を掠めた。

「もっと尻を上げて……あともう少し脚を開いたほうがいい」

 ランガは命じられるままに裸の尻を高く突き出し、脚を少しずつ開いていった。

 両脚、膝から上の間に手を差し入れ、愛之介は内太腿を丹念に撫でた。

「とても優美なラインだ。それに実に扇状的な眺めだよ。ランガくん」

 その一言に一瞬で自分の姿態の淫らさを自覚させられたランガは、振り払おうとするかのように枕に顔を押しつけ首を振った。今更、恥ずかしがるようなことなどあるわけないのに。

「僕は言ったはずだよ。本物は違うってね」

「確かにそのとおりだ。今更ながら弟に独占させてしまっていたのは悔やまれる」

 愛之介は尻たぶを広げローションを含ませた指を埋め込んだ。

「つっ……」

 ランガは枕を噛み声を殺した。

 不意に頭を持ち上げられ、ぐいっと引っ張られた。愛抱夢がランガの頭を胸に抱き上げたのだ。

 彼はヘッドボードに寄りかかり「首にしがみついていなさい。あとが続かなくなるからね」と、低くあやすような声で言った。

 ランガは愛之介の首に腕をまわし、肩の上で熱い息を吐いた。

「それでいい。いい子だ」

 愛之介はランガの腰をつかみ、尻の割れ目に、たっぷりのローションで濡らした陰茎を擦りつけた。

 これから与えられるだろう痛み以上の快感の予感に、ランガは全身を強ばらせた。

 猛った陰茎が入り口をこじ開けようとしている。ぐいっと先端がねじ込まれるが、抵抗する粘膜が押し戻した。

 愛之介は、もう一度すべての力を腰に集中して一気に貫こうとした。

 その衝撃で目の前が真っ白になり、喉の奥で掠れた悲鳴がほとばしる。

 愛抱夢は「緊張しないで、からだの力を抜いて楽にして。いつもの僕と変わらないはずだから……ね」とあやすように頭を撫でた。

 そうだ。何も違わないはずだ。サイズだっておそらく……

 ぎりぎりと腰を進め、根本まで埋め込んだ愛之介は、少しの間じっとしていた。

 腰がじんじんと痺れている。強い異物感。

 やがて愛之介はゆっくりと漕ぎ始めた。彼が動くたびに喉奥から喘ぎが漏れる。

 そのときのコンディションによって痛み出たり出なかったりする。それが精神的なものなのか肉体の状態なのかは、よくわからなかった。

 今も、痛みはある。でもそれより快感の方が遥かに大きい。

 ギシギシギシ。

 腰を力一杯叩きつけてくる愛之介の動きに合わせ、スプリングがリズミカルに鳴り、大きく揺れていた。

 愛之介の荒々しい息づかいが忙しなく耳に響く。

 ハァハァハァ——

 愛抱夢の肩に頭を預け、ランガは愛之介の突き上げに耐えていた。

 目尻が涙でじわりと濡れていく。その涙を口でぬぐい、愛抱夢はしっかりとランガの頭を抱いた。

 やがて、愛之介は咆哮とともにランガの中で精を吐き出しがくりと崩れ落ちた。


 埋め込まれた熱が離れていく。

 愛抱夢の腕に抱かれたままランガは放心していた。重い瞼を開ければ、ふたりが覗き込んでいた。

 少し身じろぐだけで腰が怠い。

「生きている?」

「死ぬわけないだろう」

 なんとか声を絞り出した。

「素晴らしかったよ。本物は別格だね。最高によかった」と、愛之介はランガの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜ「興奮しすぎて少々突っ走ってしまったけど、ランガくんはどうだったかな」と訊いてきた。

「気持ち……よかった」と即答した。

 別に嘘ではない。

「痛いところはない?」と愛之介。

「いいえ」

 痛みはない。ただ……この熱と疼きが落ち着く気配はない。まだ足りない。もっと欲しい……

「次は僕の番ということでいいかな」

「ああ、次は僕が見物させてもらおう」

 射精ではなくオーガズムで達した肉体は極度に過敏になる。

 さっさと抵抗の意志を放棄したランガは、ふたりがかりで好きなようにもてあそばれた。

 二枚の濡れた舌と四つの手が二十本の指が——ランガの敏感なところを刺激していく。

 どちらかひとりが口で攻め立てているとき、もうひとりは顔を上げ快楽に流されるランガの媚態をじっと眺めていた。それは愛抱夢と愛之介、ふたりの興奮を極限まで高める。そして隠すことを許されず彼らの視線に晒されていることを意識させられたランガもまたふたりが注ぐ愛に流され耽溺していった。

 そこから先はおぼろげな記憶しか残っていない。

 愛抱夢に後ろから抜き挿しされながら、夢中になって愛之介のものにしゃぶりついたような気がする。

 ふたりから入れ替わり立ち替わり犯され、その夜、何度、絶頂に達したのだろう。痺れるような快感の頂点が繰り返し繰り返し訪れる。

 果てても果てても、何度でもからだの芯に火をつけられ、快楽の濁流へと放り出された。蹂躙されていく心とからだ。

 奇妙な浮遊感の中、これは現実ではないと思った。願望がなせる淫靡な幻想。こんなふうにふたりから同時に犯されること——愛されることを望んでいたのか。

 朦朧とした意識の中で、ランガはうわごとのように「もっと、もっと……愛して」と貪欲に求め、覆い被さる相手にしがみつき、繰り返し与えられる悦びに腰を振り全身を震わせ応えた。


 全身が泥のように重く、腰が怠い。指一本動かすこともかなわない。今は何も考えずに眠ってしまいたかった。

 愛抱夢と愛之介それぞれの指が丁寧に髪を梳き、肌を撫でていく。ゆっくりと意識が遠のいていく中「愛しているよ」というふたり分の囁きが優しく耳に届いた。