いれるいれない
「なんでいつも〝いれない〟の?」
皿の上のてびちと格闘しながら唐突にランガが訊いてくる。
おでん屋のカウンター席で食事をしていたときだった。ランガの前にある皿にはてびち、ウインナー、厚揚げ、ゆで卵、大根、青菜が盛られていた。今はてびちだけが残され他はきれいにたいらげられている。
ふたりで滑ってお腹が空いたところで、おでん屋に連れてきた。沖縄おでんを食べたことがないと彼は言うので、話の種にちょうどいいかと考えた。
愛之介は、一口だけ残った大根を口の中に放り込んで冷めたお茶で流し込み、しばし考える。
ランガが何を訊いてきたのか、何を知りたいのかわからなかった。
〝いれない〟とは何のことだろう。マスタードは入れているし……って〝いつも〟がついているのだから、おでんとは関係ない。
隣に座る相手の横顔をしげしげと見る。
彼は黙々と口を動かしている。骨を残してびちを食べ終え、ごくんとお茶を喉に流し込んだランガは愛之介の方を向いた。目と目が合い、この少年の言わんとすることに思い当たり、ぎょっとする。
愛之介は立ち上がりランガの二の腕ををグイッと掴んだ。
「ランガくん、食べ終えたのなら外へ出ようか。他のお客さんが待っているみたいだから——女将さん、ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
特に聞かれて問題があるような話ではないのかもしれないが、目の前にいる店の主人は若くはないが女性だ。世間では赤の他人、まして女性に聞かせるような話ではないということになっている。愛之介はその点ランガに比べればまだ良識はあると自負している。なかったら政治家なんてできるものか。
ランガが訊きたかったことは、おそらくこういうことだ。
つまりセックスのとき、なぜ愛之介が挿入しないのかということを訊いているのだ。確かに、二人がたまに肌を合わせるようになってから、一度も男女のやるように結合したことがなかった。
いつだってキスや愛撫止まりだ。口や手で使って射精を導くといった方法しかとったことはない。
愛之介はそれで満足していたし、特にされる側の肉体の負担にはならないのだから、ランガが不満を持つとは思わなかった。いや、この時点では不満なんだか単純に不思議がっているのか興味本位なのか判断つかなかった。
食事しながら質問するようなことではないだろうとは思うのだが、それがいかにもランガらしいといえばらしい。
足早にそのおでん屋から離れて、愛之介は訊いた。
「もしかして、君は挿れて欲しかったってことかな?」
「う……ん、どうだろう」
ランガは顎に指を添え眉を寄せながら小首を傾げる仕種を見せた。
「そんな難しい顔をして悩むくらいなら、やめておいた方がいいと思うよ」
「普通そうだと聞いたから」
「それは誰から聞いたのかな?」
「誰って……」
「まさかと思うけど、そんなこと誰かに相談したりした?」
ランガなら赤毛あたりに相談しかねない。頭痛がしてきた。
「誰にも訊いてはいないけど、ネットとか何となく情報って入ってくるだろう。俺だってそのくらいの知識はあるし。調べ方だって知っている」
「ふむ。情報収集の偏向傾向が強いね。無責任な興味本位の噂や想像、妄想のみの記事を集めてはいけないよ」
「む……別に鵜呑みにしているわけではないんだ。ただそれが少数派でも多数派であってもあなたがそうしない理由が知りたかっただけ」
そんなこと知ってどうする。というか何の意味があるのだ——と思いつつ少年の顔を覗き見れば表情は真剣そのもの。ランガは大真面目だった。
愛之介は嘆息まじりにぼそりと言った。
「あれは負担が大きい。僕はね、まだ君に無理をさせたくないんだ」
ランガは目を見開いた。そのまま、きょとんとした顔を愛之介に向けている。
手のひらでランガの頭を掴み、がしがしとかき混ぜた。
ランガは目をすがめ髪をぐしゃぐしゃにする手を制止しようとする。
「俺が子供だから?」
「そういうことではない」
「これって子供扱いだろ」
不満げなランガの顔に自分の顔を思い切り近づけ小声で言った。
「そうだな。ランガくんが挿れさせてくれるというのなら、そうさせてもらうことも僕としてはやぶさかではない。どうかな?」
頭を固定され視線を逸らすこともできずにランガはただ目をしばたたかせていた。
愛之介は念を押す。少しだけからかいの色を含ませて。
「で、どうする? ランガくんはどうしたい?」
ランガは肩をすくめる。
「えっと、もう少し考えさせて」
その答えに愛之介はニッと笑って頭を掴んでいた手をぱっと離した。解放され半歩後ろへ下がったランガは、真っ正面で愛之介と向き合った。
「賢明だ」
「でもさ、いつかはそうなるのかなって。あなたがそうしたかったら我慢しなくていいから……俺はいつでも大丈夫だから。本当だよ」
「では予約しておくよ。君のはじめては僕がもらうってね」
了