メッセージ

 先ほどから、スマホにメッセージを打ち、これではダメだとため息を落としながら消す。そしてまたメッセージテキストを打つ——の繰り返しだった。

 ホテルロビーにあるカフェ。そこに神道愛之介はいた。

「お待たせしました、ご注文をお持ちしました。こちらでよろしいでしょうか」

 テーブルにコーヒーと焼き菓子が置かれた。

 顔を上げ「ありがとう」とウェイターに礼を言い、再度スマホに視線を落とす。

 苦労してランガくんのIDを手に入れた。もちろん合法的にだ。

 本人に直接訊けば簡単な話だろうが——だと? 確かにそれは一理あるのだが、なんせ彼の取り巻きは警戒心が強い。特にあの赤毛だ。ランガくんに近づこうとすれば何かわざとらしい理由をつけては、自分と彼を引き離そうとする。失礼なことにまるで犯罪者を見るような目で睨んでくるのだ。赤毛ほどではないが、チェリー、ジョー、実也、シャドウたちもランガくんをがっちりガードしていた。

 そんなこんなでランガくんから直接連絡先を聞き出す機会は今まで一度も得られなかった。意外に隙の無い連中なのだ。忌々しい。

 かといって、あいつらに彼の連絡先を訊いたところで教えてもらえるはずはない。ガードはさらに強固なものになるだけだろう。

 こうなると〝愛に障害はつきもの〟とか〝障害がある方が燃えるよね〟——などと呑気なことは言っていられない。

 それに考えて欲しい……君たちがランガくんを守るのは僕からではなく、その他のモブ連中からだろう。まったくもって失礼なことこの上ない——と腹を立ててみたところで事態は進展しない。

 そこで最後の手段だ。やつに頼むのはかなり抵抗はあったが、背に腹は代えられぬ。

 認めたくはないが、忠は有能な秘書だった。わずか三日ほどでランガくんの連絡用IDを入手してきたのだ。

 ではすぐに彼にメッセージを……と思ったのだが、最初の印象が大切だ。

 彼の心に深く自分の愛を刻んでおきたい。ドラマチックに——いやいや、過度なドラマチックさは、ランガくんを不安にさせてしまうかもしれない。ここはさりげなくか。だとしたら……挨拶? 天気の話? やはりスケートの話題だろうか。待て……それは今更だし唐突すぎる。

 いったい、どう切り出せば良いのか。

 そこがまず決まらず悩み続けてはや一週間経過している。そして、今もまだ決められず悩み続けている。

 そのとき、沖縄で留守番をしている忠からメッセージが入った。

〝すでにご存じのことかもしれませんが、念の為。スノーのことです。今現在スノーは……(以下略)〟

 ほう……でかしたぞ、忠。

 ふむふむ。ランガくんは今ショッピング中か。いつもより上質な衣装を探しているらしいのだが、なかなか決まらず、取り巻きにアドバイスを求めている——ということか……

 ああ。ここが東京ではなく沖縄だったのなら今すぐにでも君のところへと飛んでいくのだが。それでも最初のメッセージを彼に送ることができる。まずは冒頭の書き出しだ。

 よし、これで決まりだな。

〝Dear Eve〟


 親戚への挨拶は無事終わった。

 いつも着ている服でと思ったけれど、流石に傷みや汚れも目立つからと少し値段のはるいつもと同じデザインの服を買わされた。

 選んだ服は母親から好評だった。落ち着いていて上質な素材と丁寧な縫製は見る人が見ればわかると。おそらく暦もだろうけど、ランガには今までとどう違うのかさっぱりわからない。ただ高いか安いかの違いにしか感じられなかった。

 スケート仲間にアドバイスを受けたけど役に立たなかったな——と少しだけこぼせば母さんは、アドバイスしてくれた友達には無事服を買えたことの報告とお礼の返事をしないとダメよ。一応気遣ってくれたんだからと注意された。

 あれは気遣ってくれたというより、むしろ揶揄われただけだと思うのだけど、そういったものなのだろうか。仕方ないとお礼のメッセージを送ることにした。伝えることは多くないのだからと全員同じ文面をコピペすることにする。

〝先日はアドバイスありがとう

 服は買えたよ

 いつもとあまり変わらないけどいつものより高いから多分良い服なんだと思う〟

 皆からはサムズアップ、OK、拍手などの絵文字だけが返ってきた。

 ただひとりだけ——

〝Dear Eve

 それはよかった

 新しい衣装の君はとてもラブリーなんだろうね

 見てみたいよ

 そこで頼みがある

 今度その衣装を着てSに参加してくれないだろうか

 それと今後服を買うときは前もって僕に相談してほしい

 前にも伝えたけど僕は君に似合いそうな衣装を置いてあるお店を沢山知っているんだよ

 東京の街を歩くと君が着たらさぞラブリーだろうとついウインドウを覗いてしまうくらい素敵な店が多いんだ

 もちろん東京だけではなく沖縄だって捨てたものではないよ

 必ず良いアドバイスができると思う

 From Adam〟

 うーん。せっかくだけどSには着ていけないし、当分服を買うこともないと思う。でも気にしてくれたのかな。お礼は言うべきか。

〝ありがとう

 俺にしては高い服だから汚したり破いたりできないのでSには着ていけない

 それとしばらく服は買わないと思うけど買うときがあったら相談する〟

 返信ボタンを押す——すぐに返事が返ってきた。暇なのだろうか。

〝ああそのときが楽しみだ

 ところでランガくんとまた滑りたいと思っているんだ

 トーナメント以来滑っていないだろう

 どうかな〟

 言われてみれば確かにあれから一緒に滑っていない。ランガ自身も愛抱夢とスケートやりたいと思っていた。愛抱夢とスケート——そう考えるとワクワクしてくる。

〝わかった

 今度愛抱夢が来たときのSで滑る?〟

〝残念ながらSでは難しいんだ

 実は僕たちが一緒に滑ることを良しとしない勢力がSにはいてね

 君を誘おうと近づこうとするといつも妨害してくるんだ

 おかげで君に滑ろうと声を掛けることすらできなかったんだよ

 もちろん僕の力を持ってすればそんな連中を捩じ伏せるなど他愛もないことだ

 しかし皆が楽しんでいるSでことを荒げたくはない

 以上の理由でS開催日とは別の日に君と僕とだけでクレイジーロックで滑りたい

 どうかな?〟

 なんだか良くわからなかったけれど愛抱夢には愛抱夢の事情があるのだろう。彼と滑れるのならなんでもいい。

 なんかドキドキしてきた。

〝了解

 楽しみにしている〟

〝ありがとうランガくん

 詳細は追って僕から連絡をしよう

 楽しみだよ

 またランガくんと滑れるなんて天にも昇る心地だ

 思いっきり愛し合おうね♡〟

 その日のやりとりはそれで終わった。

 愛抱夢にとってスケートは愛の儀式だという。そこから考えると最後の愛し合おうは、思いっきり滑ろうということなのだろう。

 そっか……また愛抱夢とやれるんだ。楽しみだなぁ——とランガはスマホをポケットに突っ込みのんびり空を仰いだ。