離れていても……
「もっと近くで顔を見せて。ランガくんを肌で感じさせて欲しい」
恋人を腕の中に閉じ込め、優しく頭を撫でた。
「久しぶり、愛抱夢」
「ああ、久しぶりだね。とても会いたかったよ」
思いの丈を込めてきつく抱きしめれば「俺も……」と予想どおりの反応が返ってくる。もちろん君の気持ちは僕が一番理解している。
ではあるのだが——
「寂しかったかい?」
その問いかけに彼はニコッと無邪気な笑顔を見せてくれた。なんてラブリーなんだ——などと思う暇もなくランガは首を横に振った。
「全然。ずっと暦と遊んでいたし、実也やシャドウやチェリーやジョーたちとも滑ったんだ。それでさ……」
ランガはスケート仲間と遊んだ楽しい日々をとうとうと語りだした。
複雑な胸中を隠し「うんうん」とにこやかに相づちを打ちながら話を聞く。
そうだね。そんなこと初めからわかっていたさ。君にはたくさんのスケート仲間がいて、毎日とても楽しかったのだろう。寂しいなんて感じる暇などあるはずもない。
愛之介は嘆息した。
いや……そうだとしてもだ。もう少し空気を読もうよ。今、ランガくんの目の前にいる男は君の恋人のはずだ。このシチュエーションの場合、多少大袈裟であったとしても「寂しかった」と甘えてみせることが正解だ。その程度の処世術は身につけたほうがいいと思うのだが。
もっとも、そのような社交辞令をペラペラと口にできるほどランガは器用ではないし、愛之介だってそんな上っ面だけの言葉が欲しかったわけではない。まっすぐで純粋なランガに惹かれたのだから、むしろそんな矛盾をうっかり求めてしまう自分の強欲が過ぎるだけなのだ。
では、そんな愛之介の要望を率直に伝えてみたらどうだろうか——と少し考えすぐに脳内で却下した。それを聞かされたランガは、頑張って「寂しい」という言葉を口にしようとするだろう。それこそ眉間にシワを寄せ一生懸命大真面目に。結果は目に見えている。
「愛抱夢……なんか元気ない」
不意にかけられた言葉に顔を上げた。ランガがじっと顔を覗き込んでくる。
「そりゃね」
大きなため息が漏れてしまった。ランガに責任があるわけでも悪いわけでもないのだが、彼に原因があるともいえる。
ランガはさらに顔をぬっと近づけ、至近距離からじっと見つめてきた。吸い込まれそうに綺麗な青が間近に迫ってくる。
「疲れてる? 今日はもう帰って休んだほうがいいんじゃない?」
割と真剣に気遣ってくれているらしいのだが、ここで「はい、そうします」なんて言うわけないだろう。
軽く咳払いをした。
「ここのところ特に忙しかったからね。精神的に疲れているかもしれない。だからこそランガくんに癒してほしい。僕を癒せるのは君だけなんだ」
「俺、何をすればいい?」
「ランガくん。愛している」
「うん。俺も……」
「だから今夜は時間の許す限り、君を愛させて欲しい」
ランガは目をパチパチさせてから眉根を寄せ難しい顔になった。
「それって、ふたりでスケートをやりたいってこと?」
「いや、それは明日の予定だ。明日は思い切り滑ることにしよう」
「ふーん。それなら俺とファックしたいって意味なのか?」
さらっと何でもないことのように、エフワードを口にする彼の顔を凝視し、思わず額を拳で叩いて唸った。発音が英語ネイティブのせいで、まだその……ナチュラル感があって救われているような気がしないでもない。
「まあ、そういうことになるのかな」
「あのさ日本語難しい以前に愛抱夢の言い回しがユニーク過ぎるんだ。もう少し俺にもわかるように言って欲しい」
「すまない。でも君の気が乗らないのなら無理強いはしない」
「別にいいよ。じゃあ、やろう。どこでやる?」
「……」
ベッドにふたり並んで座り、しなだれかかるランガの肩を抱く。耳たぶを甘噛みしてやれば、ランガはくすぐったそうに首をすくめた。シャンプーの残り香が、ふわりと鼻をかすめる。その香りに混ざる仄かなランガの体臭を知覚しすれば五感が静かに目覚めていった。
キスをしながらバスローブの合わせからランガの胸に手を忍び込ませ、そのまま脇腹へと手のひらを滑らせる。滑らかな肌理と筋肉の弾力を堪能させてもらった。
こうして無防備に身を任せてくれるのは信頼の証なのだと信じている。ほっとするような安堵感の中、口づけや愛撫が徐々に情熱的な色を帯びはじめていた。
脇腹や胸を撫で回していた手のひらが、胸の柔らかい突起に触れる。ランガは首を振り唇を外し息を詰めた。その乳首を指で潰し小刻みに揺らしてやれば、ランガはピクッと背を震わせ小さな声を漏らす。ゆるゆると伸ばされた腕が愛之介の首にしがみついた。肌に触れる湿り気を帯びた吐息が妙に熱っぽくて、体の芯がじんじんと疼く。
再び唇を重ね、舌を挿し入れ歯列を割ってさらに深く相手を求めた。じっと横たわったままの舌を絡め取り、噛みつくような激しい口づけを交わす。飲み込めなかった唾液がランガの顎を濡らした。
唇を離せば、ランガは口元を手の甲でぬぐい「もう……こんなキス……」と睨んできた。
「ふふ……かわいかったよ」
ランガの腰を持ち上げ膝の上に乗せ跨がせる。尻の割れ目に沿って指を滑らせた。ローションで濡した指を挿し入れる。ローションを足しつつ指数を増やしていけば、すぐに柔らかくほぐれてくれた。
ほぼ勃ち上がっているペニスを数回しごいてからコンドームを注意深く装着してピタッとフィットさせる。その上にローションをたっぷりと垂らした。
ランガの引き締まった双丘を掴み持ち上げる。狙いを定め先端を押し当てた。ランガも腰を捩りながら少しずつ正確な位置へと誘導しようとする。息を止めゆっくりとランガの腰を下ろしていった。少しずつ亀頭が食い入っていくのを感じる。半分ほど入ったところで支えていた両手を尻から外せば、自重でそのまま根元まですっぽりと沈んだ。
「あっ……」
その刺激にランガは白い喉を逸らし、愛之介の首に顔を埋め唇を押しつけた。あたたかな内側がきゅうーっと締めつけ、びりびりと全身に電流のような快感が走る。
今日、久しぶりに会って感じた、あのそっけなさは嘘のようだ。こうして腕に抱いてしまえば、いつものランガだ。
快楽に貪欲で淫ら——スケートもセックスも刹那的な気持ちよさを最優先させる。それなのにこの見目の透明感はどうだろう。
大きく息を吐き、愛之介はランガの腰を支えながら揺らした。ランガも自分で気持ちのいい場所を探ろうとするように腰を振った。抜いては挿し、挿しては引き抜くを繰り返す。ランガもそのリズムに合わせ動いた。その度に入口が伸縮し離すまいとする。
スプリングのリズミカルなバウンドとともにランガの体が上下に弾んでいた。その度にバスローブが彼の肩からずり落ちていき、胸が露わになる。さらされた白い胸で色づく桜色の乳首がふたつ。目線を上げれば、何かを堪えようとしているのかランガは苦しげに顔を歪めていた。うっすらと開いた瞼からうつろな瞳が覗き愛之介を捉える。
腰を掴み深く陰茎をねじ込めばランガは悲鳴をあげた。やわらかく絡みつく粘膜を振り切り激しく交わりながら、腕の中で快楽に溺れるランガの淫猥な姿態を眺め鳴き声に耳を澄ます。
やがてピクリと全身を強く震わせランガは、激しく頭を振った。水色の髪がバサリと広がり、飛び散った汗の雫が仄かな光を反射させ銀色に煌めく。さらに腰を掴みより深く荒々しく打ちつけてやった。
「あっ……あ、あ……っ!」
愛之介の腕の中でランガは、全身を痙攣させている。肩に押しつけられたランガの唇も小刻みに震えていた。吐息が熱い。
「もう降参かい」
その揶揄を含んだ問いかけに、ランガは何の反論もできず愛之介に力なくしがみつき全身をひくつかせることしかできない。その一方、ランガの体内に深々と埋め込まれた愛之介のものは、まだ量感を保ったままだ。とはいえ愛之介もそろそろ限界が近い。だがその前に——
愛之介はランガの背中を抱き支え、体を繋いだまま自分の下に引き込みながら ベッドの上に組み敷いた。
「うっ、あ……」
不自然な方向に全身を回転さセられ、中を掻き回される強烈な刺激に、ランガは身を捩り坤いた。
愛之介はランガの両膝裏を掴んで胸に押しつけると、ゆっくり抽挿を再開する。
快楽に流されていく媚態を見下ろしながら、愛之介は組み敷いたランガを何度も容赦なく突き上げた。そして、ランガは「愛抱夢、愛抱夢……」と譫言のように名を呼び、愛之介も「大丈夫だ。ランガ……僕はここにいる」と答える。お互いの名を繰り返し何度も何度も呼び合い、一気に高みへと駆け昇っていった。
快感が腰から背骨をずり上がっていった刹那、目の前に閃光が走り強烈なエクスタシーの中で頭が真っ白になりランガの上へと崩れ落ちる。自分のものが熱く脈打つのをぼんやりと意識していた。
汗ばんだ腕にランガを強く抱き締め、肩で大きく息をする。
気だるい上体を持ち上げた。汗で額に貼りついた水色の髪を指でどけ、そっと頬を撫でれば、うっすら開けた瞼から涼しげな青が覗いた。
目が合うとランガは微笑んだ。そのあどけない印象に少々胸が痛む。
ふと見ればランガの腹から胸にかけて白い液溜りがあった。その生々しさに苦笑しティッシュを何枚もとって拭いてやる。
不思議な子だと思った。どれほど大胆な行為を要求し、媚態を見せつけられたとしても——ランガの持つ透明感は濁ることない。いつどのような瞬間を切り取っても彼は清らかで美しいのだ。
ランガから体を離そうと上体を持ち上げたときだった。ランガは愛之介の首に腕を回すことで引き留めた。
「待って……行かないで」
「ランガくん?」
「今はまだ……このままで」
「わかった。でも少し待っていて。大丈夫。すぐに戻るからね」
彼は安心したように頷いた。
根元を押さえランガの中から自分のものを引き抜き、使用済みコンドームを始末した。そして少し元気を取り戻すのを待って、新しいコンドームを着けもう一度ランガの中へとゆっくりと入って行く。
そこはあたたかく愛之介を優しく迎え入れてくれた。
「おかえり」とランガは蕩けそうな笑みを浮かべ、愛之介は彼の唇にキスをした。
——ただいま……
胸にずっしりとした重石を置かれているように気分だった。何かが胸に乗っているのだ。けれど、苦痛に感じるわけではなく、とても心地よい重さだった。その重石にそっと触れてみる。ほんのり温かくサラサラと滑らかで柔らかい気持ちのいい手触りだ。
これは……?
愛之介は目を開き、頭を枕から浮かせてみれば水色の頭が見えた。
「ランガくん」
ランガは愛抱夢の胸から顔を上げる。
「おはよう、愛抱夢。目、覚めた?」
「君はいつから起きていたの? 目が覚めていたのなら起こしてくれてよかったのに。お腹すいただろう」
「いいよ。あなたの寝顔ずっと見ていられたし。それに、こうしていたかったんだ」
「何をしていたのかな」
「心臓の音を聞いていた」
「そうか」とだけ言ってランガの頭を撫で、絹糸のような髪を指に絡ませた。
「愛抱夢さぁ、また少し会えなくなるって言っていたよね」
「そうだね。忙しくなるし海外視察の予定も入っているから、沖縄にはしばらく戻れない」
「愛抱夢は、みんなのために一生懸命仕事しているの偉いなって、俺、尊敬している。ほんとだよ」
「君に尊敬されるのは嬉しい。でも会えないのは心苦しい」
「大丈夫だよ。俺、寂しくないからね。愛抱夢は俺のことは気にしなくていいから、仕事頑張って」
「寂しくない……」
「うん。暦もみんなもいるから寂しいことはないよ。あ、でもたまに連絡くれると嬉しいかも?」
そこでなぜ疑問系になる。
それにしても寂しくない……か。まるで自分に言い聞かせるように「寂しくない」と何度も口にしていることに気づく。
なるほど。これはこの子なりの気遣いなのだと今更、理解した。
「たまにではなく毎日でもランガくんの声を聞きたい。僕から連絡するよ」
「うん。でも無理しないで。俺、寂しくないから」
また飛び出す〝寂しくない〟に内心で吹き出し、ランガの背を片腕に抱いて体を起こした。
この不器用さが愛おしい。
ざっとカーテンを引けば、寝室に朝の光が入り込み、ランガは眩しそうに目をすがめた。
「いい加減お腹も空いだだろう。朝食にしよう。それから滑りに行くよ」
「うん、すっごくお腹空いていた。用意、手伝うよ」
「では、ランガくんの得意なオムレツをつくってくれないかな」
「わかった」
ベッドから降り、床に足をつけたランガは、両腕を上にしてふわーと伸びをする。愛之介は、その猫科の動物を思わせるしなやかな肢体に、しばし見惚れていた。
了