向日葵
暦の誕生日がもうすぐだった。毎年誕生日には家族揃ってお祝いをすると聞いている。ところが「おまえも良かったら来いよ」と暦が誘ってくれた。
「行っていいのか? 俺も何かお祝いしようと思っていたからちょうどいいかな」
そう返事をしてみたものの、暦の冴えない表情が気になって「バースデイパーティーは嫌なの?」と、訊いた。
「そういうわけじゃじゃなくてさ。なんかいい歳して恥ずかしいだろう。俺のためというより双子の妹がケーキを楽しみにしているとか、オバアが喜ぶから、なんて理由だし」
「恥ずかしくなんてないだろう」
何が恥ずかしいのかさっぱり理解できない。誕生日なんて家族や友達と祝うのは普通だと思うけど。
「だって、大家族で、うるさい三人の妹たちとオカアとオトウとオバア……だぜ。なんかケーキとかチキンとか色々料理を用意するって言ってるけど、おしゃれな料理じゃないし……。オバアは酔っ払ってなくてもカチャーシー踊り出すし妹たちは騒々しいし。だからうるさいの嫌だったら無理してこなくていいぞ。どうしてもオカアや妹たちがおまえを呼べってうるさいからさ……声をかけたんだけど……」
「暦は、俺に来てほしくないのか?」
「そんなことないぞ! いや来てくれれば嬉しいけどよ。でもおまえを巻き込むのもなぁ……って思った」
「なんだ、そんなことか。俺行くよ。暦の家族と一緒だと楽しいし。暦は贅沢だよ。あんなにいい家族がいて」
「おまえにそう言われちゃうとなぁ……」
「プレゼント持っていくよ。何がいい?」
「……じゃあスケートグローブがそろそろボロになっているから、それで……」
「わかった」
「どうせ消耗品だからあまり高くないのでいいぞ。それと、終わったら一緒に滑ろうぜ」
「うん、いいね」
夕食時、母さんに暦のバースデイパーティーに呼ばれた話をした。
「家族だけのパーティーに招待されたのね」
「そうだよ。暦の両親と妹三人とお祖母さん、それと俺。プレゼントはスケートグローブ買って行こうかと思って」
「そうね。それならお花を買って持って行ってくれないかしら」
「花? 暦は花を喜ぶとは思わないけど……」
「暦くんへのプレゼントというより、家族——特にお母さんへよ。いつも息子が世話になっているんだから、母さんからということにして当日持って行ってね。お花は適当にお店の人に選んでもらって。あとでお金渡すわ」
「うん、わかった」
花か……シャドウに相談しよう。
「……ということなんだ。八月八日、暦の誕生日に持って行きたいから花束作っておいてくれる?」
「ん? 暦か? あいつが花を喜ぶような奴とは見えないぜ。こっちは商売だからいいけどよ」
「暦にっていうより、暦のお母さんへ渡すみたいな? 俺の母さんが息子が世話になっているお礼って意味で持って行けって。でも暦の誕生日だから暦のイメージに合わせた方がいいとかなんとか言われた」
「暦のイメージねぇ。あいつと花は結びつかないぞ。でもまあ、メインにする花を選んでくれ」
それを言ったらシャドウと花も結びつかない……それでもメイク落としてエプロンしていると花屋の店員に見えるのは不思議だけど。
とりあえず花を探してみよう。
「そうする」
「わからないことがあれば何でも訊けよ。よさそうな花があったら教えてくれ。それでアレンジメントしてやるぜ」
「わかった」
シャドウのいるフラワーショップには、たくさんの種類の花がある。名前の知っている花なんてほとんどない。知っているのは……バラとカーネーションとユリくらい?
色々眺めていると、ある花に目が止まった。黄色い花。
「シャドウ、この花は何?」
「それはヒマワリだ」
「え? ヒマワリってもっと大きいくない?」
「これは切花——切ってアレンジメントとかにする用だから、小さい品種なんだ。気に入ったか?」
「気に入った……のかな。なんか暦みたいだなって思って。明るくて元気で、輝いているような感じがする」
「確かに言えてるかもな。ではヒマワリをメインにしてスタンディングブーケ作っておこうか」
「うん、シャドウに任せるよ」
「俺のセンスの見せどころだな。腕が鳴るぜ」
そのとき、ポケットのスマホが鳴った。愛抱夢からだった。
「ちょっと待ってて」
ランガは慌てて店の外に出て、スマホに耳を当てた。
——「ランガくん、今話していて大丈夫かな?」
「愛抱夢、どうしたの」
——「いや、大した用事ではないんだけどね。今週末は沖縄に帰れなくなってしまって、約束、一週間伸ばしてほしい」
「わかった。そんなことメッセージで送ってくれればよかったのに」
——「君の声が聞きたかった。迷惑だったかな」
「そんなことないよ。今、シャドウの花屋で花を注文していたんだ。八月八日が暦の誕生日で、その日に招待されている」
——「ほう。赤毛くんのか。何の花を買うのか決まったかい」
「うん、ヒマワリを中心にアレンジしてもらうことになった」
——「元気な感じがするね。いいセンスだ」
スマホから愛抱夢がカチカチキーボードを打つ音が聞こえてくる。どうやら仕事中らしい。
「愛抱夢も、俺とおんなじことを言う。暦っぽいよね。黄色見ると暦を思い出す」
——「ヒマワリはいいけど、ひとつアドバイスしておきたいことがある」
「アドバイス……」
——「本数に気をつけて。花言葉がね、思わぬ誤解を与えたくないだろう?」
「そんなの気にしたり調べたりしないよ。暦は」
——「念の為だよ。……八本が無難か。そうだ八本がいい。それ以外考えられない」
キーボードを打つ音はヒマワリの花言葉を調べていたのか。気にするほどのこととは思えないけど。
「どういう意味?」
——「意味は『あなたの思いやりに感謝します』だ。他の本数だと……いや、だめだだめだ。八本以外だめだよ。愛の告白なんて……僕が許さない」
この人……何を言っているんだろう。愛の告白なんてあるわけないし、例えそんな花言葉があったとしても、暦がそんな風に解釈するはずがないだろうが。
それでも、八本という数はちょうどいい本数かもしれない。
「うん、わかった。シャドウに八本にして他を組み合わせてアレンジしてと言っておくよ」
「そうか。安心したよ」
なぜか愛抱夢は、ほっとしたように息を吐いて、それから一言二言当たり障りのない言葉を交わし通話を終えた。
「終わったか?」
「待たせてごめん。それで花だけどヒマワリは八本にして欲しいんだ。なんか感謝の意味になるって今聞いた。それにバランスよく他の花を適当にアレンジしてほしい」
「了解だ。だが花言葉なんて、いくつも意味があるし国によっても違うし、たいていこじつけだし……で、あまり気にするもんじゃねーぞ」
「そうだね。それでも八本ってちょうどいい本数かなって」
「まあ、そうだな。日本では八は縁起がいい数字だしな」
「へえ、知らなかった。じゃあ、よろしく。八日の午前中に取りにくるよ」
「おう。当日、俺配達に行っているかもだけど、わかるようにしておくからな」
「ありがとう。シャドウ」
ランガは手を振って店を出た。
さて、暦の誕生日当日のことだった。
「いらっしゃい。ランガくん」
暦の家族がにこやかに迎えてくれた。
「これ、母さんから。息子が世話になってますって」
「そんな気を遣わなくてもいいのに」と暦のお母さんはケラケラ笑った。
ふと見れば暦が渋い顔をしている。目が合えば、顎をしゃくった。気になって暦の背後を見れば可愛らしいアレンジメントが目に入った。黄色、白、サーモンピンクのガーベラと小花が彩よくウッドバスケットに盛られている。
暦が小声で言った。
「あいつから花が届いたんだ。シャドウが配達してくれた」
「あいつ?」
「愛抱夢だよ」
「へえ、よかったじゃないか」
「よくねーよ。こえーよ。あのやろーが俺にプレゼントする理由ねーだろ。そもそも、なんで誕生日知っているんだよ」
「あ、俺が教えちゃった。シャドウの店で母さんに頼まれて、花選んでいるとき、たまたま電話がかかってきて……つい……」
「それでか! いっこ疑問が解けたぜ」
「俺から聞いちゃった以上、何か贈らなくては——と思ったんじゃない?」
「そっか……月日が『可愛い!』って喜んでいたからいいか」
「そうだよ、深く考えないで今度Sで会ったときにお礼を言えばいいよ」
「だな」
暦が納得安心したところで、喜屋武家での誕生日パーティーは賑やかに開催された。
一方、花屋チューリップ。
花を配達し終えたシャドウが店に戻ってきた。
「ただいま帰りました」
「ひろみちゃん、ご苦労さま。早かったわね」
「はい。道路すいていましたし」
シャドウはフラワーケースをチラリと見た。
(それにしても、あのアレンジメント……愛抱夢からの注文らしいことは、まあいいだろう。サーモンピンクや白や黄色のガーベラをメインにして白や黄色の小花をウッドバスケットに生けるのは、可愛らしいアレンジメントだ。それにしても……小花の中に必ずタンジーを入れろと、妙なことにこだわっていやがった。取り寄せるの結構大変だったんだぞ。ぱっと見には小さなスプレーマムに見えるからバランスは悪くない。が、いくらなんでも大人気なさすぎるだろう)
——タンジーの花言葉は……宣戦布告。
了