おとぎ話
その夜のSでのこと、暦は親友からある頼みごとをされた。
「暦、相談があるんだけど」
「相談ってなんだ。ランガ」
「あのさ、暦。スネークとビーフして欲しいんだ」
「ビーフって、いきなり何を言い出すんだ。おまえは言葉が足りない。説明不足なんだよ。なんで俺が、スネークとビーフしなくちゃいけねえんだ。まあ別にいいけどさ」
「ごめん。えっと……愛抱夢と話していてさ……ほら、暦もスネークも犬男だろ。そうしたら……」
「待て! 犬じゃねぇ。ふたりとも狼だ……狼男」
「あ、ごめん。それで、俺と愛抱夢、どっちの飼い犬が優秀かって話になったんだ」
「だから犬じゃねえんだよ! しかも俺はおまえに飼われているわけじゃねーし。愛抱夢らの事情は知ったこっちゃねーけど」
「俺が『暦の方が優秀だって信じている』って言ったら鼻で笑われた。それで、ムカッとして『暦は負けない』って言ってやったんだ」
「おい。人の話を聞けって!」
「そうしたら愛抱夢が『それならビーフで勝負させよう』って」
ランガが自分のことでムキになってくれているのは、素直に嬉しいと思った。しかし——
「まあ、だいたいの事情はわかった。だけどな、その前にいくつか釘を刺しておきたい」
「うん?」
「しつこいようだが、俺は犬じゃない。狼だ。狼男」
「わかってるんだけど、つい……」
「それと、飼い犬ってなんだ。俺とお前は主従関係じゃない。そもそも狼男と吸血鬼に上下なんてないぞ。俺たちは対等な親友同士だよな?」
「もちろんだよ。暦」
「わかっているのなら、いいだろう。勝負くらいしてやるよ。スネークとビーフか。悪くねぇな。もちろん勝つさ」
ランガの顔がぱぁっと明るくなった。
「さすが暦だ」
そんなふたりのやりとりに聞き耳を立てていた、実也、シャドウ、チェリー、ジョーのスケート仲間たちがゾロゾロと集まってくる。
「話は聞いたぜ。任せろ、作戦会議だ」
当然のごとく誰かが言った。
ということで、毎度の
皆、人間から見れば、昔はバケモノと言われていた血が強く現れている。スケーターなんて大抵そんなものだ。
吸血鬼、狼男などのバケモノは、かつて人を襲い凶悪な事件を起こしていた。それ故、恐ろしさでいえば最上位種族である人間に駆逐されていったのだ。結果、人間に害を成さないおとなしい性格のものだけが、人間社会に溶け込み人とうまく付き合う処世術を身につけた。それ以外は淘汰されている。
夜、狼に変身すれば理性を失うような人狼など絶滅している。今は変身できたとしても、理性を失ったりしないものばかりが生かされている感じだろうか。
とはいえ、ほとんどの人間の中になんらかのバケモノ血が混ざっているくらい混血が進んでいることが、最新のDNA解析から明らかになってきていた。今や純粋な人間など存在しない。人間であると思っていたとしても、いつ我が子に隔世遺伝でなんらかのバケモノの特質が現れても不思議ないのだから、気にしていたらキリがなかった。
そうなるとバケモノの特徴は一種の個性と考えられている。なのでうっかり尻尾が垂れ下がっていようが、獣耳が頭から突き出していようが、牙を生やそうが、今や誰も気に留めやしない。
さて、集まった仲間たちの種族属性だが——
フランケンシュタインをベースにしてゴブリンとか、本人は認めていないがチェリーや実也の分析だと、河童の血が混ざっている可能性が高いシャドウ。
何が混ざっているか明らかにしてはいないが、絶対バケモノの血が混ざっているだろう魔女家系の実也。
妖狐の血が濃いチェリー。ジョーがこっそり教えてくれたところによると、化け狸の血も混ざっているらしい。ややこしい。
ミノタウロスの血を引き、沖縄県南城市に伝わる巨人天人(あまんちゅ)の血が強く出ているジョー。彼の苗字が南城であることからしてなんとなく納得だ。
暦は狼男の血が一番濃いが、アカガンターという、沖縄に住んでいた赤毛の妖怪の血も引いていると両親から聞いている。
さて、作戦会議——とは名ばかりで、ようは「とにかく頑張れ」の会。
「あいつのくねくねした気持ちわりー滑り、厄介だよな」
ぽつりと暦が漏らした。
「気にするな。スネークの滑りは目に入れないようにしろ。ペースが乱れるからな。おまえは自分のペースを乱さないこと」
などとチェリーがアドバイスをすれば、ジョーが「要は楽しめ!」と思考することを放棄してまとめた。
「スネークって、狼男なのになんでヘビなんだ?」
シャドウが不思議がる。
「ランガは何か聞いていないの?」と実也がランガに話を振った。
「なんか、ヘビ関係の……えっと、ナーガ族の血が入っているらしい。愛抱夢が教えてくれた」
「ふーん、そうだったんだ」
「ランガは愛抱夢と同じ吸血鬼なんだよな」
「うん。でも俺は、ほぼ純血種の愛抱夢と違って、父さんの家系に吸血鬼の血が混ざっていたくらいでそれがいきなり出てきただけだよ。それに母さんの遠い祖先に雪女の末裔もいたっていうんだ」
「そっか! じゃあ俺が最初に、お前が飛んだところを見たとき、確かに雪が降ったように見えたのは気のせいではなかったんだな」
「うん。きっと。俺、我を忘れると稀に雪を降らせてしまうことがあるらしいんだ」
「あまり役に立たなさそうな能力だな」
「さて、食事も終わったところで……解散だな」
「じゃあ、頑張れよ! 暦」
皆からひとり一回ずつ背中を叩かれ、作戦会議はなんの成果もなく終了した。
了